家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

葬儀や死の専門情報を通じて、そこに向かいより良い人生を歩めるように、少しでもお役に立てれば幸いです。

12月24日 修験道

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬礼図鑑」。 今回は修験道の話をテーマにお届けいたします。   ●各地の霊峰に伝わる山岳信仰 日本では、極楽浄土という仏教の世界観とは別に、死後の魂は山へかえると考える山岳宗教とも呼ばれる信仰が受け継がれています。北陸の白山をはじめ、東北の恐山や出羽三山、木曽の御岳山、富士山、大峰山・釈迦ケ岳など吉野・熊野の山々、九州の英彦山など、霊峰として崇拝される山が全国各地にあります。これらの霊峰に登拝し、山を駆け巡る「峰入り」という苦行をする山伏がたくさんいたといわれます。苦行をつんだ山伏は、下界に下りると祈とうなどをおこなって一般の人々に信仰を広めました。その信者たちは「講」という組織を作り、先達である行者に導かれ霊峰の登拝に出かけました。こうした山岳宗教を修験道と呼んでいます。いまも「御岳講」「富士講」などがあり、集団で夏山を登拝している姿を見かけます。   ●里山にも御岳信仰の霊神碑 そのひとつ御岳信仰では、死後の魂は「霊神」となると考えられ、お墓は自然石の形をそのまま残した独特の「霊神碑」という形で作られることが多いようです。この御岳という山の名は、木曽の霊峰だけでなく、各地の里山にもたくさん地名として名づけられています。里山の御岳の山頂には、木曽の御岳と同じように霊神碑が建立されており、御岳講の信仰の姿をいまも見ることができます。   ●山里の祭にも関係した修験道 修験道を広めた山伏は、民俗芸能である神楽にも関係していたと考えられています。天竜川に沿う奥三河の山間部に伝わる「花祭」には、白山信仰と関係する神事がありますし、祭全体の雰囲気の中には、山で暮らす人々の、山に対するおそれと崇拝の気持ちが濃厚ににじんでいるようです。   ●観音堂には役行者の姿も 修験道には、仏教におけるお釈迦様のような創始者はないといわれます。ただ、「役小角」とか「役行者」と呼ばれる行者が、山伏の祖として仰がれています。この行者は、高下駄をはいた、いかにも修験道の行者らしい石像として造形され、各地の観音堂などに観音様と一緒にまつられているのを見ることがあります。   次回のテーマは、最期の言葉です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。  

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金, 12月 24 2010 » 葬礼図鑑 » No Comments

12月17日 梵語の話

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬礼図鑑」。 今回は梵語の話をテーマにお届けいたします。  ●仏教と一緒に来た言葉 お寺や墓地にたつ石塔や卒塔婆に、不思議な文字が記されているのを見かけます。漢字でもない記号のような文字、それがサンスクリットという古代インドの文字で、仏教とともに日本に伝わりました。イングリッシュを英語と訳したように、サンスクリット語は梵語と訳されます。「梵」は、万物創造の神ブラーフマン、あるいは宗教者バラモンを意味するといわれます。梵語は、空海によって体系的に伝えられたといわれ、密教の発達とともに定着しました。密教では、梵字の一語ずつが諸仏や諸菩薩をあらわすと考えられ、梵語そのものが信仰の対象となり、石塔に梵字を刻み、真言として陀羅尼を唱えることで諸仏の加護を祈ります。   ●五輪塔に刻まれた種字 梵字を刻んだ石塔で、よく見かける「五輪塔」は、図のように五つの石を積み上げています。密教では、地・水・火・風・空の五つで世界は構成されると考え、それを五大と呼びます。五輪塔は、五大の世界観をあらわした石塔で、鎌倉時代ごろから墓の形式として広まったと考えられています。刻まれた梵字は「種字」と呼ばれ、呪術的な霊験があると考えられ、板塔婆にも書かれることがあります。   ●ダラニは梵語の呪文 種字が彫り込まれる石塔には「宝篋印塔」という形も多く見られます。宝篋印という陀羅尼を納める塔でした。この陀羅尼も梵語で、サンスクリット語を音写して、そのまま古代のインド語で唱えたり書いたりするものです。腹痛の薬「陀羅尼助」は、僧侶が陀羅尼を唱える時の眠気ざましに用いた苦みのある薬が始まりといわれ、いつしか医薬に転用されたといわれます。   ●現代に生きる梵字の言霊 日本では梵字は現在も、葬列に用いられる幡や天蓋に描かれ死者を守る役目を果たしています。また位牌にも戒名の上に真言宗であれば阿字が、浄土宗では、阿弥陀仏の種字である「キリーク」が書かれることがあります。自動車やコンピューターなど先端技術の発達したわが国ですが、古い文化を重んじる風習が歴史を超えて宿っているのをかいま見るひとときです。   次回のテーマは、最期の言葉です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。  

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金, 12月 17 2010 » 葬礼図鑑 » No Comments

12月10日 埴輪

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬礼図鑑」。 今回は埴輪の話をテーマにお届けいたします。  ●古代から続く供物の風習 故人の生前をしのび、棺に眼鏡やステッキなど、愛用品をおさめる風習が広く行われています。葬儀におけるこうした供物の風習は、仏教の儀礼と考えられがちです。しかし、供物のシンボルともいえる埴輪は、日本に仏教が伝来したとされる538年より数世紀も昔の古墳時代から用いられています。このことからもわかるように、供物を捧げる葬礼の形は、仏教儀礼というよりも、はるか古代から現代へと続く葬礼の心づかいだと考えられます。   ●永眠を見まもる埴輪 各地の博物館には、古墳から出土した埴輪が展示されています。埴とは、赤みのある粘土のことで、埴輪は葬礼用に造られた特殊な土器です。人の形、家の形、舟の形など、さまざまな埴輪が造られ、供物や副葬品とされました。近年は、考古学の研究から、古墳には、筒形の埴輪がずらりと立ち並んでいた様子も復元されています。これらの埴輪は、古墳に眠る豪族のシンボルでもあったのでしょう。 その古墳時代から、さらに弥生時代へさかのぼると、墓は豪族のプライベートな聖域ではなく、集落の人々が共に永眠する集合墓の形が多くなります。その墓地からもやはり、壺や碗などの土器が出土しており、葬礼の供物だったと考えられています。   ●ヒスイのペンダントも 古墳・弥生時代よりさらに古い縄文時代にも、お墓にはさまざまな供物が埋葬されていました。青森の三内丸山遺跡では、子どもを埋葬した甕棺と呼ばれる土器の中に、鎮魂の祈りでもあるのでしょう、丸い石が入れられていたり、大人の墓からは、ヒスイ製のペンダントが出土しています。   ●受け継がれる葬礼の風景 彼岸へ旅立たせ葬儀の折に、さまざまな供物を棺におさめる現代の風習には、故人の安らかな眠りを願う心情が込められています。その祈りには、はるか時代を超えた“葬礼の原風景”ともいえるような温かな心づかいが宿っているように思われます。   次回のテーマは、最期の言葉です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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金, 12月 10 2010 » 葬礼図鑑 » No Comments

12月3日 天狗

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬礼図鑑」。 今回は天狗の話をテーマにお届けいたします。   ●正体不明の天狗様 天狗というと、鼻の伸びた真っ赤な顔、山伏のような服装、高下駄にうちわという姿を想像します。しかし、いったい天狗が何をする存在であったかはよくわかっていません。一般的には、山の断崖や巨木の上に住み、不思議な力をもつ存在と考えられています。石川県にはこんな伝承が残っています。   ●神隠しと天狗伝説 木こりの子どもが天狗にさらわれ、いつまでも帰らないため仮葬儀をしました。しかしその後も、父親の働く山では、切り倒した木が空中に浮かんだり崖崩れが起こったり不思議な出来事が続きました。ある夜、父親の夢に子どもが現れ、「僕は岩窟の中で暮らしています。人は天狗の住む世界を侵さないでください」と告げて消えました。夢から目覚めた父親は木こりをやめ、どこへともなく姿を消したそうです。このような「天狗の神隠し」と呼ばれる行方不明の話が各地に伝わっています。また、落石で死ぬ不慮の事故にまつわる天狗伝説もあります。   ●残された人の心 神隠しや不慮の事故にまつわる天狗伝説は、現代に通じる何事かを含んでいるようです。今日でも、さまざまな理由で行方不明になる人は多く、残された人々にとって深い悲しみとなっています。昔も、さまざまな事情で家を捨てる人があり、残された人々の悲しみの中から「神隠し」に関係する天狗伝説が生まれてきたのではないかとも考えられています。「天狗様にさらわれたのだから、無念でしょうが諦めて。そのうち突然、帰ってくるかもしれませんから、気を落とさないで・・・・」。そんなふうに、残された家族をなぐさめる言葉が周囲でささやかれたのかもしれません。   ●不安の壁に立ち向かう 天寿をまっとうした大往生でも、残された人の心はぽっかりと穴があいたような空しさにおそわれるといいます。ましてや、身近な人が行方不明になったり命を絶ったとき、残された人は無言の死の壁に直面し、どのように心の安らぎを回復させてきたのでしょう。悲しみは想像を絶します。だからでしょうか、天狗は怖れ遠ざけられる存在であると同時に、どうか神隠しなどの危害を与えないでくださいと人々からあつくお祀りされ、各地の神事にも登場します。   次回のテーマは、最期の言葉です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。  

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金, 12月 3 2010 » 葬礼図鑑 » No Comments

11月26日 数の話

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬礼図鑑」。 今回は数の話をテーマにお届けいたします。   ●人智を超えた世界を数える・・・お経には、仏様の深い慈悲や極楽の風光を描くために、不思議な数をあらわす漢字が出てきます。百や千、億や兆はなじみがありますが、それより大きな世界をあらわす「恒河沙(ごうがしゃ)」とか「阿僧祇(あそうぎ)」という数の単位はなじみがありません。実は、これがお経に由来する言葉です。 仏教は、輪廻という永遠の世界を見定める宗教であるだけに、計り知れない時間や数え切れない量をあらわす多彩な言葉を生み出してきました。阿弥陀経の中から幾つか紹介しましょう。   ●「アミダ様」は限りない光の命・・・阿弥陀経は、文字通り、阿弥陀様について説明するお経です。阿弥陀様は極楽世界に住み、私たち凡愚を救ってくださる如来です。実は、お経の主人公である「アミダ」という名前そのものが数に由来した名前なのです。「アミダ」は、古代インド語で「アミターユス」。意味は、無量寿如来、つまり計り知れない寿命をもつ如来のことです。浅はかな人智では計り切れない深い慈悲の世界、それが阿弥陀如来の住む極楽のイメージの根源で、人智の及ばない世界の存在を知ることが、仏教への扉であるようです。   ●「芥子劫」と「石劫」・・・阿弥陀経では、そうした極楽の永遠性を、「かの仏の寿命およびそこに住む人々の寿命も、無辺無量にして阿僧祇劫なり」という難しい言葉で描いています。「阿僧祇」は古代インド語の「アサンキャ」を漢字に音訳した言葉で、数え切れないという意味。「劫」も同じで「カルパ」の音訳です。つまり、「阿僧祇劫」を簡単に訳せば、「人にはとても数え切れない寿命の長い世界」という言葉になるでしょうか。しかし、長いというだけでは人々に極楽のイメージが伝わらないためか、わかりやすいたとえ話で説明されています。「芥子劫」あるいは「石劫」がそれです。40里四方の巨城が、小さな芥子粒で満たされたイメージを思い浮かべてみてください。どのくらいの芥子粒がいるのか想像もつきませんね。その芥子粒を、3年に1粒ずつ運び出し、ついに城が空っぽになるまでの時間、それが「1劫」です。また、やはり40里四方の巨岩があり、天女が3年に1度舞い降り、その衣で岩をはらいます。その果てに、岩が摩滅してなくなる時間、それも「1劫」です。反対に、「刹那(せつな)」は短い時間をあらわす仏教語で、指を1回はじく時間の65分の1、つまり瞬間のことだとされています。   ●ガンジス川の砂ほどの諸仏・・・阿弥陀経にはまた、極楽浄土をたたえる南方に住む無数の仏様を、「恒河の砂の数ほどの諸仏」と表現しています。この「恒河」も音訳した言葉で、インドの聖なる流れ、ガンジス川のことです。南方には、ガンジス川の砂の数ほども諸仏が住んでおられ、西方の極楽をたたえておられる――阿弥陀経の描く極楽の世界は、地上から天の川を見上げるようなきらびやかな輝きの世界です。   次回のテーマは、最期の言葉です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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金, 11月 26 2010 » 葬礼図鑑 » No Comments

11月19日 禅語

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬礼図鑑」。 今回は禅語の話をテーマにお届けいたします。  ●「?」がわかると「!」になる 葬儀や観光などで寺院を訪れると、山門脇の石柱や客殿の掛軸などに漢詩のような短い語句を見かけます。とりわけ、曹洞宗や臨済宗など禅宗系寺院には、教典や高僧の漢詩から選び出された語句が多く、それらはまとめて「禅語」と呼ばれます。臨機応変も「禅語」ですが、この言葉が示すように「禅語」には、読み手の心を豊かにしてくれる自由な言葉の翼が広がっているようです。  ●「不立文字」から生まれた文字 不立文字は、禅の根本を形成する考えの一つです。仏法は言葉ではなく、ひたすら座禅などの修行を積むことによって悟りへの道がひらかれるという考え方です。その「不立文字」という考えを伝えるために、果てしないほどの言葉を作ってきたのも禅の一つの歴史でした。曹洞宗でいえば、道元禅師には75巻もの大著「正法眼蔵」があり、臨済宗には公案といわれる「禅問答集」が巨大な思想を形成しています。いわば、「不立文字」という包容力の豊かな考えがあったからこそ、茶道の「和敬静寂」とも通じるような「禅語」の自由な表現が形成されてきたのでしょう。   ●結界を示す「不許」の石柱 ところで、寺院は本来、僧侶が修行するために俗世間から離れて暮らす結界の地でした。修行のためには、戒律が定められています。「戒」は「いましめ」とも読むように「してはならない」こと。「律」は自律という熟語があるように「みずから積極的に行うべき善行」と解釈したらよいのでしょうか。寺院がそうした戒律による結界であることを示す石柱が、「不許葷酒入山門」 葷酒、山門に入るを許さず、と読みます。「葷」とはニンニクや肉などなまぐさ類のことで、山門内ではそれらを禁じますという戒めです。 また、玄関や便所に「脚下照顧」という文字が墨書されているのも見かけます。足下をよく見なさいという意味が、脱いだ靴をそろえましょうという自律を促す意味になり、さらには生活のすべてにおいて己を顧みなさいという教えへと転化応用されています。   ●慈悲心を語る「三界万霊」の塔 また、仏法には「三界」という考えがあります。生死を巡る迷いの世界で、欲界・色界・無色界があり、各界がまた細かく分かれています。無色界の最上クラスが有頂天ですが、有頂天も所詮は迷いの世界です。そこから傲慢な態度を改めさせる「有頂天になるな」という戒めの一喝が生まれました。それはともかく、「三界万霊」と刻んだ石塔は、前述の三界を輪廻する人々への供養塔で、平等な往生を願うものです。仏教の法門にふさわしい清らかな語句の一つです。   次回のテーマは、最期の言葉です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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金, 11月 19 2010 » 葬礼図鑑 » No Comments

11月12日 墳墓

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。 本日のテーマは、「葬礼図鑑」。今回は墳墓の話をテーマにお届けいたします。   ●ルートをたどりルーツを知る 縄文や弥生の昔から現代に至るまで、墓地は、心の深層へつながる場所として大切にされてきました。お墓参りで、故人の生前に思いをはせ思わず涙ぐんだり、知らず知らず心の安らぎを覚えたりするのは、お墓参りが心のルーツを訪ねる旅でもあるからでしょうか。大切な墓地も、時代とともに生活様式や価値観が変化するにつれ、埋葬場所や埋葬方法が変わってきました。その変化をたどることは、生と死という根元的なテーマを、私たちの祖先がどのように考えてきたかを知る手がかりでもあります。歴史に記憶された墓地や、それにちなむ地名を訪ねてみましょう。   ●三内丸山遺跡の墓地 青森市の市街地のすぐ近く、八甲田の山すそにある「三内丸山遺跡」は、縄文時代の大集落で、発掘はビッグニュースとなりました。この遺跡では、これまで800基を超える墓が調査され、大人と子どもが別々の場所に埋葬されていることが確認されています。三内丸山に限らず、縄文時代の遺跡では、大人と子どもは、別の墓域に埋葬されることが多かったようです。三内丸山の墓域は、よく写真で紹介される巨大な見張り台を思わせる建造物のすぐ近くで確認されています。小さな谷をはさみ、遺跡の北から北東にかけ、数カ所の集合墓地が設けられています。大人より子どもの墓が圧倒的に多く、縄文期の厳しい生活環境がうかがわれます。大人の墓は、現代の都市部に多い墓地公園にも似て、通路をはさみ、2列に向かい合うように整然と埋葬されています。子どもは、「かめ棺」という土器に入れて埋葬され、集合墓域以外に、住居の入り口近くに埋葬されているケースもあります。縄文の人々にとって生と死は、現代人よりはるかに身近な世界だったのでしょう。   ●二子塚は前方後円墳 縄文、弥生の時代を過ぎると、日本列島は、古墳列島と呼んでもいいほど各地にたくさんの古墳が造られるようになります。古墳はいうまでもなく古代豪族の墓ですが、栄華を誇ったであろう被葬者の名前も、時代が過ぎるとともに歴史の彼方へかすみ、現在では、被葬者がはっきり確認できる古墳は数少ないようです。伝承が残る大規模な古墳を除くと、古墳は墓というより、独特の地形によって記憶されてきたようです。その一つが各地の「二子塚」。この地名は、前方後円墳に名づけられていることが多いようです。遠くから前方後円墳を眺めると、二つの山が並んでいるように見えるのでこの地名が付けられたのでしょう。しかし、「塚」がつけばすべてが墓というわけではなく、経巻を埋めた「経塚」や道標の「一里塚」などがあります。「塚」は、土を盛り上げて目印とした場所で、「墓」の原形的な形式と考えられています。「塚」という言葉はそのなだらかな丘状に盛り上がった地形と結びつき郷愁を誘う響きすら感じます。   次回のテーマは、最期の言葉です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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金, 11月 12 2010 » 葬礼図鑑 » No Comments

11月5日 菩薩名

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。     本日のテーマは、「葬礼図鑑」。         今回は菩薩名の話をテーマにお届けいたします。   ●電話とコンピューター 慈悲深い人柄を「菩薩様」にたとえたり、自己を犠牲にして人を助ける人を「観音様のようだ」とも形容します。このように、あわれみ深い心を「菩薩」とも「観音」ともいうことで分かるように、庶民は同じように崇拝の対象にしています。「菩薩」とは、仏教が生まれた古代インドのサンスクリット語「ボーディサットバ」という言葉を、漢字の音読みで表した「菩提薩」の略語で、「悟りを求める人」というのがその意味です。一方、「観音」は「アバーローキテースバラ」で「阿縛廬枳低湿伐羅」と音訳されます。しかし、これでは意味が分からないためか、「世の音を観る」というアバーローキテースバラの意味を漢字に置き換えた「観世音菩薩」が一般的な用語として定着しています。現代の日本にあてはめるなら、「菩薩」はコンピューターのような外来語そのままの発音表記、「観音」はテレフォンを電話と書くような意味表記といったらいいでしょうか。中国では、仏典を翻訳する時、サンスクリット語の発音をこのように複雑な形で表すことが多く、翻訳者の労苦がしのばれます。それはともかく、「悟りを求める菩薩」が、なぜ「世を観る観音」と同じ意味をもつようになったのでしょうか。   ●現世を救う観音菩薩 仏教史では、「悟りを求める人」という菩薩のイメージは、大乗仏教の興隆とともに解釈が広げられ、やがて、「苦しんでいる人がいる限り永遠に救いの手をさしのべる菩薩」という美しいイメージへ結晶していったと推定されています。その結果生まれたのが、世の中すべてを見渡す「観世音」という菩薩だったと考えられています。悟りとは人々の救済である、とする観音信仰は、当然ながら現世利益の色彩が強く、病気や子育てなど、さまざまな願いに応える観音様が信仰されています。全国各地の七観音巡りや、西国三十三所観音などの霊場巡りは、今も脈々とその信仰を伝えています。   ●歴史に輝く「行基菩薩」 ところで、菩薩の名には、仏典以外に、もう一つの系譜があります。高僧の遺徳をしのび、人々が「菩薩」として崇拝するものです。奈良時代の名僧・行基(668~749)もその一人です。関西地方を中心に、橋を架けたり池や堤を作って人々を救済したこの僧は、生き身のまま尊敬の対象となり、やがて全国各地の寺院で「行基菩薩」としてまつられるようになります。歴史の中における僧・行基は、東大寺の大仏造営に力を注いだ業績とともに、橋や堤を作って人々の暮らしを救った“現世の菩薩様”として輝く存在となっています。   次回のテーマは、最期の言葉です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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金, 11月 5 2010 » 葬礼図鑑 » No Comments

10月22日 樒

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬礼図鑑」。 今回は樒の話をテーマにお届けいたします。   ●春は「樒」の花咲く季節 ご仏前にお供えする供花として、常緑樹の「樒」が広く用いられます。3月から4月にかけ、樒は淡い黄色の可憐な花を枝先にたくさんつけ春を彩ります。その美しさの故にでしょうか、万葉集では、「奥山の樒の花の名のごとやしくしく君に恋ひわたりなむ」という歌が詠まれています。山に咲く美しい樒の花のように、しきりにあなたのことが恋しく想われます――というほどの歌意でしょうか。この歌から察すれば万葉の時代、樒は仏花としてよりも美しい山の花として親しまれていたようです。では、万葉の歌に登場する樒が、なぜ仏花へと変化していったのでしょう。諸説ある中から幾つかご紹介しましょう。   ●樒はインドの青蓮華の代用 仏教では、仏様がお座りになる席を蓮華座と呼びます。仏壇にも蓮華をモチーフにしたデザインが多く用いられています。仏教発祥の地インドでは、蓮華は悟りを象徴する花でした。池の泥土から茎を水面へと伸ばし、美しい花をつける蓮華の姿は、煩悩を解脱し悟りをめざす修行者の憧憬でもあり、蓮華座は悟りのシンボルとされたようです。樒の葉は、インドに自生する青蓮華の葉に似ているといわれ、青蓮華が自生しない日本では、樒がその代用とされたのではという説があります。その話を裏付けるかのように、樒の木は、奈良の唐招提寺を開いた鑑真和尚が日本にもたらしたと伝えられています。もう一つは、土葬に由来するという説です。樒は、ユーモラスな形の実をつけます。この実は有毒で、食べると死に至る場合もあるといわれます。そのため、動物もこの木を嫌うとされ、土葬の時代には樒を墓地に植え、動物よけにしたと伝えらます。今でも、各地の墓地で樒を見かけますが、古い習俗の名残なのかもしれません。   ●線香や抹香の香材にも 樒はかつて、線香や抹香に用いる香材でもありました。モクレン科に属する木ですから、葉や樹皮には芳香があります。香材では、白檀や沈香など、インドや東南アジア原産の高価な香木が知られていますが、そういう香木が自生しない日本では、樒が香木の代用として好まれていたようです。このように樒は、仏教と縁の深い木です。樒が美しい花をつけるこの季節、お墓参りなどで目にされる機会があるかもしれません。そんな時には、しばしこの花をご覧になってください。仏花としてだけでなく、万葉歌人が心を託した美しさが、心のどこかに響いてくるかもしれません。   次回のテーマは、最期の言葉です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。  

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金, 10月 22 2010 » 葬礼図鑑 » No Comments

10月15日 石神・石仏の話

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬礼図鑑」。 今回は石神・石仏の話をテーマにお届けいたします。   ●野の祈り、その姿 心の時代といい、環境の時代といわれる世情を反映しているのでしょうか、中高年の方々の山歩きがブームになっています。里山の雑木林の美しさ、高い山から望む雄大な風景など、その魅力はさまざまでしょうが、道すがら、小さな石神や石仏に出会えるのも山歩きならではの潤いでしょうか。東京の高尾国定公園から大阪の箕面国定公園へと続く東海自然歩道をはじめ、全国各地に数え切れないほど山歩きの道があります。その道の多くは昔、塩や炭などを運ぶ生活の道であり、遠方から文化が運ばれてくる交流の道でした。その道はまた、疫病や戦乱を招く災いの道でもありました。ですから、往来の難所となっていた峠の頂きや、境界となる村はずれには、道中安全を願う道祖神や馬頭観音をはじめ、お地蔵様や羅漢様など、さまざまな石神・石仏がまつられてきました。   ●建立は、願いに応じて それにしても、野に立つ神仏の姿は、驚きをおぼえるほどに多様です。前記の神仏のほかにも、観音様、如来様、塞の神、庚申様、金比羅様、水神様などがまつられています。その神仏には、家内健康や祖先往生、航海安全や豊作祈願など、建立する人々の温かくも切実な祈りが込められていました。明治時代のはじめ、神仏が分離されるまでは、神も仏も融合した信仰が一般的でした。ですから石神や石仏は、神と仏の違いというより、祈りや願いの違いであり、その祈りに応じてさまざまな姿が創案され建立されてきたのでしょう。   ●お地蔵と暮らしの願い 石仏の中で最も親しまれているお地蔵様は、その慈悲深さから、子供を救う子安地蔵や病気回復や長寿を願う延命地蔵など、毎日の暮らしの底にひそむ不安や悩みを救ってくださる石仏として広く信仰されています。   ●現代に通じる心の風景 ところで、仏教や神道では、自然界を不思議な命のつながりとして見ます。それが輪廻であり八百万の神々ともいえます。昔の人々は、死者への葬礼を篤くするだけでなく、水神様や龍神様など、自然そのものをも命あるものとして尊び、祈りや願いを捧げてきました。山歩きで、野の神仏の表情を見て心のなごみを感じるのは、自然とともに暮らした人々の心が、そこはかとなく伝わってくるからでしょうか。心の時代、環境の時代といわれる世情には、自然を尊んできた古人の“野の祈り”にも通ずる心の風景があるかのようです。   次回のテーマは、最期の言葉です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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金, 10月 15 2010 » 葬礼図鑑 » No Comments

10月8日 逆さごと

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬礼図鑑」。 今回は逆さごとをテーマにお届けいたします。    葬儀に関係するしきたりごとには、日常の逆の動作を行う「逆さごと」があります。例えば死者の衣装(帷子)を逆に着付ける「左前」。枕元に屏風をひっくり返して立てる「逆さ屏風」。水にお湯を注いでぬるくする「逆さ水」。死者のふとんを天地逆さにする「逆さ布団」といった風習が残されています。人が亡くなると新たに清潔な布団を用意し、シーツは白のシーツを敷いて故人を安置する準備をします。 安置する場所は仏間あるいは座敷で、北枕に寝かせ、布団をかけます。衣服を整え、死に化粧なども行います。女性の場合は、薄く化粧し、口紅などつけることもあります。両手を胸の上で組ませ、その手に数珠をかけます。この時、掛け布団は、天地を逆にして掛けます。このように、人が亡くなったときには日常行わないことなどを行うことがあります。   ●いわれ  死という異常事態に対処するために、古来よりさまざまな工夫がなされてきました。それは死を生者の領域から隔絶させるための演出というべきもので、それが「逆さごと」という形であらわされてきたのでしょう。また死者の世界はこの世とは「あべこべ」になっていると考えられ、例えばこちらの昼が向こうでは夜ということは多くの民族で信じられていました。 そこで、日本でもかつて葬儀が夜行なわれたのは、死者が明るい昼に向こうへ行けるようにするためだという説があります。   ●逆さごとの風習  納棺時に足袋を左右逆にはかせたり、着物の裾を顔のほうに、襟を足元に掛けるという「逆さ着物」は、最近でもよく行われている風習です。地域によって多少の違いも見られますが、土地土地に残る風習をこれからも大切にしていきたいという気がします。   次回のテーマは、最期の言葉です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。  

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金, 10月 8 2010 » 葬礼図鑑 » No Comments

10月1日 数珠

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬礼図鑑」。 今回は数珠をテーマにお届けいたします。   葬式や法要には多くの人が持参する数珠。私たちが手にしているものは手に2回り程度の大きさですが、僧侶が法要等で手にする数珠には、比較にならないほど大きなものを見ることがあります。経文を唱えながら手を摺り合わせ、ジャラジャラ音を出しながらまた唱える。私たちが手にする数珠とどんな違いがあるのでしょうか?   「数珠」の原語は、サンスクリット語で「ジャパマーラー」。「ジャパ」は「ささやく、つぶやく」の意味で「マーラー」は「輪」のことです。古来ヒンズー教の僧侶であるバラモンが、儀礼用に用いていたもので、現在もヒンズー教徒の間で使用されています。また、キリスト教徒が使うロザリオも、数珠がヨーロッパに伝わったものだという説があります。日本に数珠が入ってきたのは天平8年(736年)、天竺僧の菩提遷那が来朝の際、天皇への献納品の一つであったといいます。   数珠は呪珠・珠数とも書き、念仏の回数を記憶するために用いられました。私たちが仏事に使用する数珠の珠数は54個、またその半数の27個、36個、またその半数の18個等があります。54個の数珠の珠の数には煩悩を浄化させるまでには54の修行段階を経て、その修行後は同じ修行を行う後輩を指導するという考え、36個の数珠の珠の数には人間には煩悩から起こる苦行が現在・過去・未来にわたり36個ずつあるという数字のいわれがあります。この数からもわかるように基本は108個、除夜の鐘同様人間の煩悩の数も表します。数珠は「百八丸」ともいい、108の子珠(主珠)、母珠と緒留(数珠の輪の中にある2つの大きな珠)、弟子(ふさについているさらに小さな珠)で構成されています。数珠には7個と21個の目印としてより小さな珠(四天)をはさんであるものがあります。宗派によっても数珠の形は異なりますが、略式のものなら、各宗共通に用いています。   近年においては数珠は法要に使用する目的で普及しました。本来は僧侶が仏事に使用する物であるため男女の区別はありませんでしたが現在では材質、珠の大きさなどの違いで男性用、女性用としています。素材としてはお釈迦様が菩提樹の下で悟りを開いたといういわれからか、菩提樹の実が一番いいものとされていますが、現在は男性用には黒檀が一般的です。また女性用は男性用に比べ珠は小さく、琥珀、瑪瑙、白珊瑚、水晶、真珠、象牙などが用いられています。   次回のテーマは、最期の言葉です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。  

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