家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

葬儀や死の専門情報を通じて、そこに向かいより良い人生を歩めるように、少しでもお役に立てれば幸いです。

12月23日 BGMは「六甲おろし」

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   BGMは「六甲おろし」 [女性 31歳]  お葬式に参列すると、必ずいただく会葬御礼と引出物。引出物は故人が若くても、年配でも一様に毛布やバスマットにお茶か椎茸といった乾物がついている。「のし」をはずしてしまえば、どなたのお葬式でいただいた物なのか判らなくなる。  私が初めて遺族として経験したお葬式は、今年の4月。同居していた主人の父の葬式である。医者から「長くない」と言われていても、父の死は突然の事だったから、何の用意も無く、頭の中は真白だった。葬儀屋が飛んで来て、式場の準備、手配は素早く整い、業者の葬式のマニュアルは遺族たちの身の振り方までも指示してくれるのだから、全面的におまかせ状態になる。加えて私たちはどういう訳か「世間並み」と言うことに、安心したり、こだわったりする気持ちが強く、業者は呪文のように「皆さん、こうされてます」を連発する。その結果、父の葬式も「誰ソレさんの葬式」と変わらない内容の引出物を手渡す格好になった。  この引出物のおかげで、大切なものを失った気がする。仮に葬式のあとお礼に歩けば、家族の知らない父の話が聞けたかもしれない。家族の知らない弔問客から父の人となりを知ることができたかもしれないと、今でも後悔している。人それぞれ、様々に生きた人生の最期が「皆と同じ葬式」なんて寂しすぎると、夫を失った母などは「私の時には、お父ちゃんの好きやった暫まんじゅうとチューリップの花を引出物にしてや」などと言っている。  父を火葬場に送る時、主人が阪神タイガーズの「六甲おろし」をBGMに流した。業者は「あまり例がありませんけど…。」と、いい顔しなかったが、弔問客は「竹ちゃんは虎キチやったなぁ。今年は優勝やで!」と父を懐かしんでくれ、主人の友人たちも、「お父さん阪神ファンやったんか」と親しんでくれた。大切なのは、白いハトを飛ばす事でも豪華な祭壇を誇示する事でも無く、生きてきた故人の人柄を示すことなのかもしれない。  結局は、父の葬式を人並み、世間並みにしてしまった私たち家族だけど、この「六甲おろし」だけは、唯一父の意に叶ったろうと思っている。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 12月 23 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

12月16日 妻の死

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   妻の死 [山口県 男性 通訳 63歳]  25年間連れ添った女房が死んだ。10日ばかりひどく苦しみ「生きたい」と訴えていたが、やがて「疲れた」と呻いて息をひきとった。心の優しい女だったのに、現代医学は役立たなかった。大動脈症候群という難病だった。葬儀が終わり荼毘に付し、位牌を一体受け取って、また職場に戻った。  勤務中の8時間は今までと同じような緊張とテンポで時間が流れたが、午後5時、作業が終了する。通用門をくぐって大きな川までやってくるとふと気がつく。家に帰ったところで、もう誰も待っていないのだと。わが家には外灯も点いていないし、夕食の準備もされてはいないだろう。そう思いながら私は橋上に車を停めて西の空を仰いだ。夕焼が山肌や川筋を朱色に染めあげている。家族が不在だからといって、別に行くあてがあるわけじゃない。仕方なくギアを入れて家に向かう。部屋に入るときらびやかな家具が暗闇に沈んでいる。数年後に会社を退職すると、郷里にわが家を新築する予定だった。そのために妻は家具を一つひとつ買い揃えていた。私はぼんやりとそれらを見やった。長い夜を迎えても、何も為すことがなかった。何をしようとも思わなかった。夕食は近所のうどん屋で簡単にすまし、テレビの前に寝転んだ。眼前で画面が跳るが、無意味な現象だった。思考はいつしか生前の妻の面影を追った。家具の前に立ったまま私の肩に手をかけ、脚をからませる。それが妻の幸福のポーズだった。愛妻を亡くした今、私自身生きていることの理由さえ掴めなかった。  そんな孤独な夜が3ケ月つづいたある日、「妻の死」と題して新聞に投稿した。するとその記事が掲載された夜から電話が鳴り始めた。郵便受けに封書が毎日配達された。こうして全国から届いた70通の書簡と数多くの電話が私を孤独から救い上げた。慰めと励ましの愛の言葉の力強い渦が。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 12月 16 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

12月9日 葬儀費用がありません

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   葬儀費用がありません [東京都 主婦 60歳]  今から30年前のことである。私も夫も30才になったばかり。貯金どころか、毎日の食事代にも困る生活。夫はそれまで勤めていた会社が倒産したので、父親の商売を手伝うようになった。ところが、その商売もたいしたことがない時に、父親が具合が悪くなり入院した。覚悟を決めて下さい。会わせたい人がいるのなら今のうちに…と医者に言われ、夫が私を引っ張って行った先が葬儀社屋さんだった。 「えっ、じゃまだ死んでいない親の葬儀を頼みに来たのかい?」人の良さそうな葬儀社屋さんのご主人は目を丸くした。 「ええ、でも死にそうなんです。ところが私達には、お葬式を出すお金がないんです。親には苦労ばかりかけてきたのに葬式もしてあげられないなんて…。それで、お願いがあるんです。後で月賦で返金しますから、今はただで葬式をやってもらう訳にはいきませんか。うちには老いた母親もいます。母親が死ぬ時までには、私も商売をがんばってきっと現金で払いますから」  これには葬儀社屋も感心して「わかりました。やりましょう」と承知してくれた。葬式も無事に終わり、月賦の支払いに行くと、葬儀社屋さんは笑って「困った時はお互い様ですよ。その代わり、おばあちゃんの時は、2倍いただきますからね」と受け取らなかった。  お寺も墓もその葬儀屋さんのお世話になった。夫は父親の死を無駄にしないようにがむしゃらに働いてくれた。それから、6年して母親が死んだ時は3倍ものお金を支払って葬儀社屋さんに感謝したのである。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 12月 9 2010 » 葬にまつわる体験談 » 1 Comment

12月2日 葬儀反省会の結論

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   葬儀反省会の結論 [女性 46歳]  私の婚家は、昨年12月、92歳の祖母が亡くなった。葬式後の反省会で、病院から帰ってくるまでに畳を川の字に敷き直さなかった。葬式が出るまでに、わらを焼いて生前愛用の茶碗を割らなかった。喪主が御礼の挨拶を述べる時、家の前でしなかったので、多くの会葬者が帰ってしまわれた。等々反省の余地が一杯あったことを思いしらされた。  そして結論。家の責任者を一人きめ、その人は雑用には一切かかわらないで、決断のみを下す。他の者はその総責任者の指示に従い、私情を入れないで行動する。つまり戦国時代の戦争の場における軍団のように行動するのです。総責任者(つまり大将)には軍師がついているように、部落内の古老(軍師)に意見をよく聞き、地区内の習慣をよく守る、ということも皆々様のお世話になるこのような場合には特に必要という気がしました。自分の家だけで処理しようとすると、欠ける所、抜ける所、失敗する所が多くなるようです。  私の実家の場合、相次いで三回も葬式を出したためか、台所も、よく整理されており、○○はここ、△△はここと、戸棚にはり紙がしてありました。お寺さんがくる時間、人数、お茶の数等、画用紙に書いて貼ってあるので、誰もが一目でよく分かり、心に余裕を持って臨めたという気がします。    現代の生活では、個人主義が優先し、隣近所とのつきあいが疎遠になりがちですが、いざという時は、「遠きの親類より近きの他人」という諺もあるように、近くに親身になってくれる人が多いのは力強いもの。隣近所が無理ならせめて、心を許せる友人、知人を一人でも多く作っておくこと。またアドバイスを受けられるような地区の古老とお近づきになっておくことも必要と思われた。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 12月 2 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

11月25日 葬儀はつつしみ深く

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   葬儀はつつしみ深く [男性 70歳]  隣組で長い間病床についていた白寿に近い老人が亡くなったことがありました。そのせいか葬儀なのに遺族の顔も、家の中も明るい雰囲気が漂っていました。私達は組員なので、夫婦揃って手伝いに行っていました。同じ隣近所なのですが、皆が一同に会するなんていうことはめったにないことなので、いや初めは場をわきまえたつつましさがあったのですが、いつしか、われを忘れてのこう笑を交えた高声になってしまったのでした。  長寿を全うし、はたまたご遺族や家全体の明るさはあったとは言え、全く礼に反してしまっていたのです。このことに気がつき、その場に戻ったのはややしばらくあとでした。「年甲斐もない、なんとしたことを」と私ばかりでなく、皆んなの顔が語っていました。  すべての人が、ご遺族同様、憂愁と哀悼の中に終始あるのが礼儀であり、葬儀本来の姿であり、はたまた常識なのにね。  以後はあの時の失敗を噛みしめながら、その後あった葬式にもつい脱線しそうな空気になると、誰となく押さえてと、合図しあって、場の雰囲気に溶け込むよう気をつけ合ってお手伝いいただいています。葬儀はご遺族の立場になって、つつしみ深くを肝に銘じながら。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 11月 25 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

11月18日 葬儀の疲労

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   葬儀の疲労 [女性 32歳]  私の父が62歳で亡くなった時、私を含めて3人の子供達は、社会人ではありましたが、まだ結婚前で、独立しているとはいえない状態でした。ですから葬儀のいっさいは、母が「喪主」という形でとりしきるとこになりました。  父は、元教師で寺の住職もしており、周りの方々の意向で、参列者が便利なようにと、葬儀は土曜日に行なうことになりました。父が亡くなったのは、土曜日であり、本葬までに一週間あくことになりました。  葬儀は家族を失った悲しみに、さらに儀式による心身両面のわずらわしさが多く、葬儀を済せてしまうまでは、遺された者にとっては大変な日々を過ごすことになります。この一週間のために、家族全員が接客や心労などでくたくたに疲れてしまいました。特に中心になって葬儀を運ぶ役目の母と兄、それに高齢の祖母はすっかり体がまいってしまいました。父の葬儀後、今まで病気をしたこともない母が肝臓を悪くし、7年以上たった現在もよくならず、かえって年令を重ねると共に、母の体を苦しめています。  私が一番提案したいのは、葬儀は遺された人々にとって心身共に最も負担の少ない方法をとることが大切だということです。できるなら、葬儀は早くすませてしまう方が良い。体面や人の噂より、何より遺された人々が早く立ち直って健康な生活を送れることが良い。葬儀によって体調を崩し、その後ずっとそれに苦しめられるのは、あまりに悲しい事だと思うのです。  死者の供養は心の問題です。無理をしてまで盛大な葬儀をしても、それで全てが済んだ訳ではないのです。私は遺された人々が一番楽のできる葬儀が、これからの葬儀に最も必要な事だと思います。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 11月 18 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

11月11日 葬儀社選びは慎重に

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   葬儀社選びは慎重に [男性 66歳]  もう何年も前の事なので、体験談としては古くて、参考になるかどうか分かりませんが、現在、冠婚葬祭に関する全てを電話一本でやってくれる会社が何社もあります。  これは予め毎月5000円とか1万円とかの積み立て式で、満期にならなくてもすぐやってくれ、行事が済んだ時点で精算するという仕組みです。会社によっては多少の相違はあるでしょうが、何れも積み立て中は勿論、満期になっても利子もつかず、そのまま据え置きで引き出す事が出来ません。  積立金の額によって、祭壇その他全てに等級があって、何年も経って貨幣価値が変わっても、契約時の等級で賄ってくれるのですが、何もかもお任せしてしまうとまずい点もあります。例えばお返しです。それぞれの会社には専属の店があって、大抵のものは揃って居りますが、やはり一流のデパート、あるいは商店のものをご自分で選ぶ方がよいと思います。と云うのは、品物そのものがメーカー品でない事、そして包装紙そのものも粗雑の上、扱いも乱暴で、遠方へ送った場合など、包装紙が破れ、中身が破損してしまう事があります。くれぐれもご注意下さい。  それと、基本的に結婚式の場合と違って、何事もその場限りという事もあり、それに不幸に合われた方は、ただうろうろしているだけなので、進行さえスムーズに行なわれればよしとして、個々の飾りつけとかにあまり気づかないもので、意外と契約時に見せてもらった写真とは違う場合があるものです。私はこういう会社を利用するのも結構ですが、必ず何事にも細かく気のつく人のいる事が必要だと思います。出来ればごく最近葬儀をなさったご近所の方々にお聞きになって、そのご紹介とか、ご自分のお寺に出入りしている葬儀社とか、信用を確認の上で選ばれるのがよいと思います。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 11月 11 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

11月4日 葬儀後の手続きで困ったこと

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   葬儀後の手続きで困ったこと [東京都 主婦 53歳]  昭和52年春、家族の祈りも空しく母は帰らぬ人となりました。最愛の妻を失った父の悲しみは、言葉で表すことは出来ない程でした。  当時70歳の父は、妻の看病のために永年のサラリーマン生活に別れを告げ、母が永眠する日まで病院から一日も離れる事なく妻をみとりました。  父が独身の息子と女っ気のない家庭で、それでも何とか立直って正常な生活を送れる様になる迄には、3年程の歳月が必要でした。  ある日突然、社会保険庁から一通の通知状が届き、父はあっとおどろきました。何と母が亡くなってからの3年間、父は年金を母の分まで受け取っていたのでした。母の死亡時、市役所の届けは葬儀社の方がすべて代行してくださりほっとしていた父でしたが、年金を扱っている社会保険庁(社会保険事務所)への届けの方は、忘れていたというより気が付きもしなかったのです。仕事以外の事すべてを母にまかせていた父も、その息子も、届け出についてうっかりしていたのです。  お陰で次の一年間、父の年金は母の3年分の年金を差引かれ、ほとんど年金の支給されない苦しい一年となりました。悲しみの最中、年老いた方々が社会保険庁への届け出を忘れてしまわない様に、家族、親類知人等が注意してあげてほしいと思います。夫婦のどちらかが不幸にして他界された時には、必ず区役所への死亡届と同時に、社会保険庁にも出むいて年金関係の届けをすませることは、残された方の経済生活上大切な事です。高齢化社会を迎える今、年金についての関心と同時に届け出の義務について日頃頭に入れておかなければと痛感しました。平成元年3月、母の十三回忌直前に父は83歳の生涯を閉じました。「幸福であった。よき妻と善良な子供達に恵まれ、ありがとう」と書き残してくれました。これも安定した年金生活で精神的にゆとりのある老後を送る事が出事たからだと感謝しております。   明日のテーマは、葬礼図鑑です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 11月 4 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

10月21日 宣告の日から

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   宣告の日から [群馬県 主婦 65歳]  父の、主治医は父の教え子であった。何でも話せる仲であったので、医師は父に、皮膚ガンで半年のいのちであることを宣告した。  周囲の心配をよそに、父は顔色ひとつ変えず、黙々として死への準備にかかった。  先ず、本。その他身のまわりの整理であった。次に家族旅行。青葉の頃、家族で汽車(当時)に乗り軽井沢へいった。それから、数名の親友を招いた。父も割合元気であったのでお酒を飲み、調子はずれの声で歌も歌った。そんな父を見て、誰も死のくることを信じなかった。父は、友人をバス停まで送っていったが、その友と再び顔を合わせることはなかった。  村では人が死ぬ、と近所の人が親せきや知人の所へ告げにいってくれた。父は、その人の通る道まで記し、ここは近道だか、道が悪いなどと、こまかな説明までつけた。  葬儀次第も、よくわかるようにノートに記した。  また葬儀に必要なものに写真と棺がある。父は自分で町へ出かけ、写真の引き伸ばしを頼み、棺の注文もした。棺を頼む時、お店の人に「ご愁傷様でございます。どなたがお亡くなりに?」と聞かれたので、「ここにいるおれだよ」といったら、相手は目を丸くしていたそうである。  限られた半年の後半は寝たきりとなった。そして、秋11月、父は静かに息を引き取った。しかし、父の死はガンと戦った壮絶な戦死のように私には思えた。  人は誰でも死ぬ。それはいつくるかわからない。現にこの3月、私の弟が心筋こうそくで急死してしまった。葬儀に出席した時、死への準備も必要であることを痛感した。  (父のように立派なことはできないが残る人達に迷惑をかけないようにしたい……)誰にも言えないけれど、心の中に私はそっと思った。     明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 10月 21 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

10月14日 生前戒名の失敗

  「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   生前戒名の失敗 [男性 34歳]  これは私の祖父が亡くなった時の失敗談である。  祖父は生きているうちに自分自身の戒名と菩提寺を決めておこうと考えた。しかし自分が考えていた「○○○○居士」という戒名は、居士の格式であるため、相応の戒名料が必要であった。そこで祖父は喪主である父に負担を掛けまいと、生家の近くにある知り合いのお寺の住職にお願いし、相場よりも格段に少ないお礼で自分の戒名を付けていただくことにした。祖父は自分の戒名に満足し、やがて安心して他界した。  ところが、祖父が菩提寺に選んだお寺は戒名を付けていただいたお寺と違っていたことからトラブルが発生した。菩捉寺に選んだお寺は、すでに戒名の付いた祖父をその名前で埋葬することを断り、結局、父は何度も頭を下げた上で新たに戒名料として大金を用意し、なんとかそのままの戒名で埋葬していただくことになった。  この話は祖父だけでは終わらなかった。10年の時を経て祖母が亡くなったときに、もう一度同じことが繰り返された。そればかりか、祖父母の法事がある度に父は多額の謝礼を用意することになった。もとは子供に負担を掛けたくない祖父の親心であったのに違いない。しかし戒名料の負担を軽くしようとして、菩捉寺に選んだお寺に戒名を付けていただくという普通の手続きを行わなかったばかりに、後に禍根を残すことになってしまった。  生前戒名を用意しようと考える人に、祖父の例を知って注意を促したい。戒名は付けていただく時の戒名料だけではなく、後々の法事のお布施の相場まで変える大切なものだから、残された者の負担をよく考えた上で、策に走ることなく正当な手続きで慎重に用意してもらいたい。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 10月 14 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

10月7日 知らない土地での喪主をつとめる

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   知らない土地での喪主をつとめる [男性 43歳]  8年も独居し音信不通だった父が、東京近郊のC市で亡くなった。脳溢血だ。父の勤務先から電話を受け「とにかくすぐに伺います」。知らない場所での葬儀とはいったものの、気は動転し、何から手をつけていいかわからない。そうだ、とりあえずお金だ。現金が必要だろう。  これからまったく知らない町へ行って、遺体と対面し、葬儀を出さなければならない、いや葬儀は故郷でやるのか、どうやって遺体を運ぶのか、不安はつきない。  実家で一人暮らしの母と父の親戚へ電話を入れ、銀行で金をつくり、自宅へ戻る。黒服がどこにあるかわからない。妻は外出。仕方がない、平服で出かける。着いた先は、古物を扱う会社で敷地も広く、父はそこに住みこんで働いていた。社長はできた人で、葬儀はここで済ませろ、会社の施設を使って構わない、というありがたい申し出。  「それで父は?」あわてて、遺体とまだ対面していない。別棟に安置してあった遺体と対面。厳粛な一時。紹介された葬儀会社の人は親切で、何も知らない私に丁寧・適確に指導をいただいた。さあ、それからは忙しい。  明日は友引で、通夜を二回やらねばならない、埋葬許可証は取りに行ったか、読経の坊さんを依頼しなければならないが故郷の寺の宗派は何か、今夜は何人くらいの人が集まるのか、料理はどうするのか、お酒は、引出物は…。この忙しさは、どうだ。どたばたと相談し次から次へ決定。やはりプロでないと駄目だ。そのうち母もかけつけ、やっと安堵する。  まったく知らない場所で、知らない人と葬儀、しかも喪主としてである。ここでは勤務先の社長さんはじめ従業員の方の温かい協力がなければお茶一杯入れられず、場合によってはすぐに遺体を移動しなければならなかったかも知れない。それと手際を心得た葬儀社の方の存在、これが何といっても大きかった。  お通夜は従業員の方の手作りの料理とお寿司。わんわんとみんな泣いて悲しんでくれた。不遇だった父も終りは良かったようだな、と思った途端、思わず涙が頬をつたわった。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 10月 7 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

9月30日 浄土真宗のお葬式 

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   浄土真宗のお葬式 [女性 24歳]  去年、祖父が亡くなり、身内のお葬式を初めて体験しました。その時、お寺の住職さんから、いろいろ話を聞き、いままで正しいと信じていたことが、間違いであることを知ることができました。  まずは、北枕。死者は北枕に、と言われていますが、浄土真宗の場合、これにはこだわらないということ。仏壇の前に死者の頭がくるようにおけば良いのです。次に「御仏前」とか「御霊前」などという不祝儀袋の表書き。浄土真宗では、「御霊前」という文字を決して使ってはいけません。正しいのは、「御仏前」です。そして、よく聞くのが、一通りのお葬式が終わってから、親族代表の挨拶の中で「故人も、草葉の陰で…」という言葉。人は、死後、お葬式で供養をすることによって、極楽浄土に行くのです。「草葉の陰で…」などと言うと、故人はまだまだ成仏せずに、どこかでさまよっていることになります。くれぐれも気をつけなければなりません。  それから、お葬式から帰って、家に入る前に、塩で身を清めるという風習がありますが、これもしてはいけません。さきほども言ったように、人間は死ぬとみな仏様になるのですから、それを縁起の悪いものとしてとらえてはいけないのです。  最後に戒名(法名)。高額の御布施を払えば、長い戒名をつけてもらえると思っている人が多いようですが、これも間違い。金額の多い少ないで、戒名は差別されません。また、長い戒名ほど、死んでからの位が高くなるということもありません。人である以上、誰もが必ず迎える死、お葬式のしきたりも、宗教やその地方のしきたりなどで、さまざまですが、私のこの文章が、少しでも役に立てば幸いです。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 9月 30 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

9月23日 13年目の供物 

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   13年目の供物 [岩手県 主婦 40歳] 私の弟は14年前、春の彼岸の中日、春山山行で富士山から1500メートル程滑落し、25歳で亡くなりました。大学卒業後3年目でした。十三回忌も終え、私もその間に結婚し、2人の息子の世話などで思いだすことも時折となっていた昨年3月21日、弟の命日に実家の父宛に荷物が届いたそうです。差出人に心当りもなく、皆で恐る恐る開いてみると、一通の手紙と高価な感じの(と母が言うのですが)お線香が入っていたそうです。  文面によると弟が遭難した時、近くを登山していて捜索を手伝って下さった方とのことでした。私共は忘れてしまっていましたが、その時気持ばかりの御礼を差し上げたそうで、その方によると御礼も言わないまま毎年命日に思い出して30歳をとっくに過ぎ、人の心の痛みも少しわかりかけ、今でも遅くないと思って、気持だけだが線香を手向けてくれたと、筆不精を詫びながら書いてあったとのことでした。  その時、本当になんて幸せな弟だろう。こんなにも気付かって下った方がいらっしやるとは涙が出て止まりませんでした。今でも海外の山行へ出かけていらして、母が御礼の電話をかけた時もヨーロッパの方へお出かけとのことでした。山行きの安全を心からお祈りしています。     明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 9月 23 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

9月16日 焼香の不手際

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   焼香の不手際 [兵庫県 男性 会社員 65歳]  昨年2月中旬に、異母兄が亡くなった。約6ヶ月の闘病生活だったが、力尽き、屍となって寺院へ搬送されて帰った。  私は四男で鶴巻家の末弟だった。報に接して、通夜の席に駈けつけた時には、長兄と次兄は既に到着していた。異母兄といっても、私達は幼い時から一緒に暮らしてきたので、異母兄というよりは、真の兄弟と思っていた。通夜を終えて、一時帰宅した私は、翌日の葬儀の時刻より数時間早く出席し、種々の手伝いをした。親類の供花のお世話やら、連絡していた私の会社の人との対応など、慌だしい時間を過ごした。午前10時から読経が始まり、葬儀が開始された。  式次第で焼香が始まった。次々と焼香を終える親族の姿を眺めながら、いつ迄も、自分の名が読みあげられないことに訝かしさを覚えた。私よりも血縁の薄い人たちも、殆どが終っていた。そして、私の名は遂に読み上げられなかった。私は、会社の上司や同僚の手前、じっと座っていられない気持ちだった。焼香は既に一般の人々に移っていた。  私は、とうとう自分の名が洩れていることに気付いて、気まずい思いで焼香に立った。並みいる親族も当惑したように、私の姿をみていた。私は焼香を終えて、会社の人達の居る境内へ降りて行った。そして、弁明するように言った。「私が留め焼香をすることになっていたのだが、係が焼香順の帳面に記入するのを忘れていたようだ」私は、私の名を帳面に記さなかった遺族の誰かに、怒りを覚えていた。故人の弟である私の存在を忘れられたことに対する憤りだった。私はそのまま火葬場へ行く車にも乗らず、家へ帰った。  翌日喪主である甥から詫びの電話があったが、何か釈然としなかった。その思いは未だ続いている。焼香順の大切なことや、葬儀に対する周囲の気配りの重要なこと等、私には厭なことだが、いい経験になったと思っている。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 9月 16 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

9月9日 宗派を聞き違えた葬儀社

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   宗派を聞き違えた葬儀社 [男性 65歳]  長年連れ添った妻を、亡くしたときのことだった。  昨年9月はじめ、妻は眼底動脈瘤という難病で「手術以外に助かる見込がない」と医師から宣告された。妻は悲壮な覚悟で手術台に上がったが、不幸にも手術中に亡くなった。  早く元気になって帰りたがっていたわが家で、葬儀を行なうことになり、親戚の者が、中心になって、葬儀社と相談しながら、準備を進めていた。祭壇が半ば出来上がったのを見ると、わが家は真言宗であるのに、祭壇のつくり方が、どうも違うような気がして、葬儀社の者に確かめると、真宗のものと判った。  親戚の者は「真言宗と言ったはずだ」と言い、一方、葬儀社側は「真宗と聞いた」と言い張る。どさくさの中で行なわれた相談で、どちらに責任があるのか判らず、水かけ論に終り、祭壇をつくり直すことになった。それに手間取り、葬儀は予定より大幅に遅れ、午前中に終わるものが、午後にまで、ずれこんでしまった。このため、僧侶は「他所の法要に行く時間が狂ってしまった」とご機嫌ななめ。  予定になかった昼食を、皆に出さねばならなくなり、余計な支出になるし、身内の者はてんてこ舞い。このときの体験から、葬儀を行なうときには、先ず第一に信頼のおける葬儀社を選ぶ。第二に葬儀にかける費用の額を決め、その範囲内で葬儀を行なえるよう、葬儀社と十分話し合うこと。そうすれば、相手は親切に教えてくれ、支障なくことが、運ぶということを、申し上げたい。私も、こうしておけば、宗派の間違いもなく後味の悪い思いをしなくてもよかったのにと、つくづく思っている。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 9月 9 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

9月2日 死亡診断書を書かぬ医者

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。  死亡診断書を書かぬ医者 [青森県 男性 教師 46歳]  自分の家族の中から死者が出ると、何か他の人とは違った事を経験しているような錯覚に陥る。家族があれば、遅かれ、早かれ、順に経験する事なのだが、私の場合、家族縁戚関係を含めて28歳になるまで葬式を経験した事がなかった。従って、それまでの葬儀の経験は、すべて他人事であった。28歳迄家族に死者を出す事もなく過ごせたこと自体は幸せなことだが、その経験のなさで、祖母の死に際し、大いに慌ててしまった。祖母が亡くなったのは昼ごろ。様子が変だったので掛かり付けの医者に来て診てもらった。「ご冥福をお祈りします」とのこと。在宅のままでの老衰だったので、それなりに覚悟は出来ていたが、この瞬間を境にして、いよいよ戦場が始まる思いであった。さっそく死亡証明書を頂いて市役所へと思いきや「死亡証明書は出せません、警察に言って検死官に証明書を出して貰わなければならない」とのことであった。「なぜ?検死官とは殺人などの事故の時。そうでないのにどうして?」と思った。医者が言うには「1年間に何らかのことで診ていれば死亡証明書を出せるのだが、あいにく祖母は、元気であったのでこの1年は通院がなかったから駄目」との説明であった。「検死官」への思いが緊張を大きくした。  さっそく警察に電話をし、手続きをとったが、検死官の都合で、直ぐ来れないとのこと。土・日にかかりそうになり祖母の死体を数日そのままにして置かねばならぬのかとの思いがしたが、運よく検死官が来て、諸手続きが間に合った。  要するに、老人になりいつ死ぬかも知れない年令になれば、1年に1度は医者にかかっていた方が家族は慌てなくて済むということである。大抵の年寄なら医者にかかっているのが普通だが、祖母は自分の死に至るまで、私に「人に経験しない事を経験させてくれた」のだと、今では思っている。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 9月 2 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

8月26日 死の現実を無視して

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   死の現実を無視して [女性 33歳]  5年前、私の父はガンを告知されてから、2年5ケ月の闘病生活を終え、他界した。先生に肝臓ガンと告知され、よくもって1年だと聞かされた時は、ただ悲しくて、泣くばかりだった。父に知られぬよう、母は介護にいそしみ、私は子供を連れて、毎日病院に通った。1年が過ぎ、父は不思議と元気に見え、自宅療養と病院の生活となり、2年が過ぎた。私も母も、ガンだとわかっていても、父は大丈夫…何故かそんな気がして、安心しきっていた。  その年の12月、父は入院し、いつも通り退院して、お正月は自宅で過ごす予定で、母も私もお正月の準備をしていた。しかし、12月29日の朝、病状が悪化し、父は他界した。まさか…の出来事で、何も準備していなかったのだから、大変だった。心の準備は、ガン告知でしていたが、そのことが現実になる…と受けとめていなかった。  年末の忙しい時期、遠方の親戚も呼ばなければならない。29日の夜に通夜をし、30日にお葬式をし、あわただしくて、何が何だかわからない状態だった。葬儀屋さんと、親戚や知人の方の協力で、立派なお葬式をだすことができたが、お焼香の時、自分がちゃんとできたかどうかも、わからない、悲しいばかりでは、事は終わらない。  火葬場からの帰り道、会場までの道を何台の車が迷い、父がきっと、ドライブしたかったのだろうと、話したが皆が会場に着くまでかなり時間がかかった。父は、保険のきらいな人だったので、生命保険など加入していなかった。葬儀費用や、香典返し、後の法要など、かなりの出費である。  今、思えば、互助会などに入り、積立をして準備をしておくべきだったと…。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 8月 26 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

8月19日 死顔

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   死顔 [東京都 女性 元看護婦 53歳]  30年あまり看護の仕事に携わり、多くの生命の終焉を目のあたりにした。人間の生き方は、死の直前にも個々の形で表情や言動に現われる。怒りや恐怖、諦め、甘え、羨望や期待などその一端であるが、死は一様にそれらの迷いからの解放であると思う。どの方も目を閉じてから一刻も経つと、穏やかな温顔で、安らかに旅立ってゆかれた。  私が出会った患者さん「I子」さんを忘れることが出来ない。彼女は子宮癌で62歳で亡くなった。外国人の秘書をして生涯独身であったが、理智的なばかりでなく、目鼻だちも容姿も華やかな人であった。恵まれた環境での暮らしが身につき、平凡な日常の瑣末事には疎く、入院時にはふきんとタオルの違いも分からないような方であった。医師や看護婦の言葉に「ハイッ」と童女のように返事をして従った。  ある日、親しくしていた隣室の女の方が亡くなり、彼女は最後のお別れを告げにその部屋を訪れた。薄化粧をして浴衣を着た仏さまに、彼女は「ビューティフル!」と声をかけて近ずき合掌した。それから私「死顔が気になっていたの。これで安心して眠れるわ。私の時もよろしくお願いします」と頭を下げた。  彼女が息を引きとった時、私は約束通り、消毒薬を使わず彼女の愛用の香水を数適落したお湯で彼女の体を拭き清めた。削げた頬に含み綿を使い、瞼の下にも薄く綿を置いた。薄化粧して白い綸子の着物を着たI子さんは、ふくよかに若やいで、今にも起き上がってきそうであった。最後に両手の指にマニキュアをして、掌を合わせて数珠をかけた。この時、I子さんの唇が動いた。その声は確かにこう告げた。“Good luck!”   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 8月 19 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

8月12日 死後は献体で

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   死後は献体で [大阪府 男性 鍼灸師 61歳]  自分の死後はこの体を献体しようと考えたのは、昭和42年に入学したばかりの鍼灸専門学校(夜間)の実習の一つの人体解剖実習の体験をした時からである。なんと今の世にこのような尊い奉仕があったのかと深い感銘を受けたのである。解剖実習の前に献体に合掌し、あリがとうございますと感謝の心で真剣に実習にとり組んだことを今でも鮮明に思い出す。「献体は師である」と思うと自分も将来、東洋医学で人々のために奉仕しようと祈り心に誓って現在にいたっているが、その折りの年令は40そこそこであった。  父は鍼灸師として活躍している時、死後、医学のため献体したいと賛同を求められ、「あれ、オヤジが先に献体するのか」と尊敬の念を持った。父の献体に続いて母も死後、献体を父と同じ大学にさせて頂いた。この体験から私も妻や子供に賛同を求めたところ、妻がなかなか「うん」と言わず、了解を得るのに2年かかった。子供達は自分の祖父や祖母が献体したことを知っているので私の願いには心よく賛同してくれた。さっそく手続をとったが、献体しようと考えてやっと15年目にして実現し、心が晴ればれした。  献体登録をすると、逆に自分の体をさらに大切にしようという気持がおこるのが不思議であり、このあと何年生かして頂けるか判らないが、生きている限り、15年以上続けている早朝ランニングを続け健康を維持し、病気のない体で献体出来れば最高と思っている。  献体登録したからといって葬儀は遺族等の考えで世間一般並に実施出来るのであるが、私は家族に葬儀は不要であると日頃言っているし、遺言状に明記してある。私の死後はすぐ献体登録してある大学に遣体を引き取って貰うよう固く指示してあり、私自身も何時、何処で生命をなくしても困らないよう名刺ケース内に大学の連絡番号のメモを入れてある。これで一安心である。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 8月 12 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

8月5日 三ケ寺と付き合う

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   三ケ寺と付き合う [男性 65歳]  戒名を付けていただいたお寺さん、法事・供養のお寺さん、お墓のあるお寺さん —- 私は、三つのお寺さんの、お世話になっています。  父は、公務員として転勤を繰り返し、退官後に最後の赴任地であった鳥取県のある市に居を構えましたが、平成2年に亡くなりました。昭和23年に大阪で就職した私は親とも離れて暮らしておりましたが、残された病弱の母のこともあり、葬儀について地域の人と相談しました。しかし風習のちがいで、話しが折り合わず、私は葬儀屋さんに、まかせました。お寺さんも、本家の菩提寺の住職さんを、本家から頼んでもらいました。  法事・供養のお寺さんは、私の住んでいる近くの仏具店で、紹介してもらいました。お寺さんに、事情を話して、法事の供養をお願いしたときに「田舎は過疎、都会は過密。都会のお寺は多忙です。仏さんの籍は、戒名をつけたお寺にありますので、法事まいりだけは、お断りしているお寺もあるようです。うちの寺も、手いっぱいになりそうです」と、言われましたが、引き受てもらいました。しかし、このお寺には納骨堂だけで、墓地がありません。  私は霊園に埋骨することを考えましたが、妻が「霊園だと、お寺さんにお参りしてもらえない。宗派が違うけど、実家のお寺さんにお願いしてみたら」と、言いました。宗派の違いにこだわりがありましたが、妻の実家のお寺さんは快く墓地をわけて下さいました。  父が亡くなって1年後、母が亡くなりました。私は父の葬儀のときに戒名をつけていただいた本家のお寺さんに頼みました。  三つのお寺さんと、付き合っていくのは、支出面から考えると、大変ですが、私は「三つのお寺さんにお世話になっている父と母は、幸せかも知れない」と、考えています。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 8月 5 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

7月29日木曜日 「さようなら」を伝える写真

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   「さようなら」を伝える写真 [山口県 女性 主婦 35歳]  貴方には、良い写真がありますか? 先頃放送されたTVドラマ「愛しき者へ」のラストシーンを覚えていますか。美しい亡き妻の葬儀の写真は20代の時の記念写真の1枚で、白髪の老人が思い出深く遺影をみつめている姿は印象深かったようです。  考えてみると、私1人で写った自分の気にいる写真がない。今のように子供が小さい時は、子供中心でビデオや写真はとる側にまわる方が多い。私が急に死亡してしまった時の写真は何が使われるだろうと思うと不安になる。  その為に、一番すてきな写真を一番すてきな笑顔でとっておこうと思う。夫にとってもらうのも良いと思う。しかし、何年かに1度はプロの手にお願いするのも良いかもしれない。  留め袖の着物も良いけど私の生きた証の最後の笑顔は、やっぱり見る者をほっとさせるあたたかい1枚でありたい。私の葬儀に出席して下さった友人やお世話になった人々に、「さようなら」を伝えることのできる1枚を用意しておこうと思う。  そして人生をしめくくる1枚として私からのプレゼントにしたいと思う。「ありがとう」の言葉をそえて…。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。            

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木, 7月 29 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

7月22日木曜日 最後のつめきり

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   最後のつめきり [神奈川県 女性 主婦 41歳]  冷たい…。額も唇も耳も手も。寝たきりで痴呆の症状が重かった祖母が、死を迎えた。86歳。今から20数年前のことである。当時、独身だった私は、母と交代で、祖母の看護に明け暮れた。  昼と夜の区別がつかない。夜通し大声でしゃべる。寝返りがうてないため、ひっきりなしに体を動かしてほしと言う。痩せた体をさわると痛がるので、シーツを引っ張り、ころがすように位置を変えた。  日ごとに衰弱し、うつろな目だけが何かをさがすように動いていた。そんなある日。久しぶり穏やかな顔の祖母が「お風呂に入りたいよ-」と、つぶやいた。私は、せめてお湯の感触だけでもと、布団の上にビニールを敷き、小型のタライを持ち込んだ。ぬるめのお湯に、そっと祖母の両足を入れる。むけた皮膚がパラパラと湯面に浮いて、赤味を帯びた足先が、ゆっくりと伸びた。石けんを泡立て、指を洗う。室中に湯気が立ち込め、石けんの香りが漂った。突然、「あー、いい気持ち…」と、祖母が言った。まるで、病気が治ったような声である。80年もの人生を、この小さな足て歩んできたのかと思うと、目の前がかすんできた。  その晩、遅く…。大きな息をひとつ残して、祖母は旅立った。安らかに眠る祖母の顔をなでながら、私は、死というものを静かに見つめた。ふと、祖母の足のつめが伸びていたことに気がついた。足をさわると、まだ、あたたかい。顔を近づけてつめを切る。指の間から、かすかに石けんの匂い。小指で最後という時、ハサミを当てたところから血がにじんだ。あわてて薬をつける。  両足はだんだん冷たくなっていった。悔いのない別れであったと、今も思う。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 7月 22 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

7月15日木曜日 異なる宗旨に依頼して 

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   異なる宗旨に依頼して [男性 80歳]  実母が亡くなったのは、昭和40年ですから、既に30年近い歳月が流れたわけですが、その時の苦い経験を、今になっても忘れることができません。  郷里の前橋市で、父と2人で暮らしていた母を、父が亡くなってからすぐに、私達の住んでいる横須賀市へ引き取りました。その母は私達と同居してから、2年後に亡くなりました。  突然だったので、あわただしく、葬儀の準備に取りかかりました。私の家の宗旨は真言宗ですが、遠い前橋市から住職に来てもらうことも出来ないので、葬儀屋に家は真言宗だから真言宗の住職をお願いします、と何度も念を押して頼んだのです。が通夜と告別式に来た住職は、日蓮宗だったわけです。  私は、あまり物にこだわらない性質なので、何でもいいと、気にしなかったのですが、郷里から来た親戚の人達が、お経が違うことに気がついて、小声で話すのを耳にしました。葬儀が終わって初七日が経ってから、その寺へ一旦遺骨をあずけました。その頃、職場の友人に頼んでおいた真言宗の寺の墓地を、買うことができたので、妻と2人で亡母の遺骨を、受取に寺へ行って、事情を話したのですが、住職は大そう機嫌を悪くし「宗旨などは何でもいいのだ」といって承知しないのです。仕方なくその日は諦めて帰り、妻と改めて相談しましたが「せっかく墓地を買えたのだから…」ということで、再度出向き、ようやく遺骨を貰ってきたわけですが、こう書くと簡単ですが、実際は容易ではありませんでした。  それにしても、突然の母の死といっても、85歳にもなった老人のことですから、心の準備はもちろん、それとなく心構えをしておくべきだったと、後悔しました。その後郷里から、遺骨を全部持ってきて、埋葬しました。   明日のテーマは、今日のご冥福です。   家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 7月 15 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

7月8日木曜日 告知義務違反

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   告知義務違反  生命保険の加入が義務づけられているのを知ったのは、ローンの手続きが始まってから初めて知りました。 実は、主人は軽い糖尿病でしたので保険に入れなければ、マンションはあきらめようとも相談していました。その心配もなく、軽度のため少しだけ割増の掛け金を支払うだけで加入でき、以外と簡単なんだと軽く思っていたのは、ほんの数日。それからは、引越や家具、新しい調度品選びなど楽しいことばかりが続き、引越完了。友達に見に来てほしく花を買ったり、小さな絵を飾ったり、何枚も転居案内のハガキを書きました。  突然の不幸は、電話で知らされました。会社から「ご主人が倒れて病院へ運ばれた」との事。取るものも取りあえず、知らされた病院に駆けつけたとき、既に主人は危篤状態。一体何が何だか分からず、本当にここに寝ているのが主人なのか疑いたくなる気持ちでした。そして、あっという間に帰らぬ人となりました。  死因は食堂静脈瘤破裂。どんな病気かも分からないまま突然、崖からつき落とされたようなめまいを感じていました。でも私の中で、一筋のくもの糸のように手を差し出しているような、何かがありました。まさに、先日、加入した生命保険です。マンションのローンは保険金で返済され、私はローンを支払っていくという重荷からは救われているという安心がありました。  悲劇はその後に起こりました。主人は生命保険加入より2ヶ月前にあった、会社の健康診断で肝臓の精密検査を受けていました。それも、2度。糖尿病よりずっと深刻なほど状態は悪かったようです。薬も飲んでいましたが糖尿病の薬ではなくて肝臓の薬だったようです。  それでも食堂静脈瘤破裂と肝臓は関係ないと思いこんでいましたが、まさに深い関係があることが分かりました。まさに一枚づつ疑問の皮がはがれていくようでした。  生命保険会社の方が悲痛な顔で説明されました。保険金のお支払は出来かねます。理由は告知義務違反です。保険加入前に健康診断で異常を指摘され、精密検査の結果通院、投薬を受けていたことを保険加入時に告知しておらず、そのことを、直接の死因として亡くなったケースですので無理との事。  私に心配させまいと肝臓のことを話さなかった主人。まさにそう言う人でした。でもそのおかげで、私は始まったばかりの30年3,000万円のローンの返済を続けなければなりません。私の心配症と主人の思いやりが、裏目に出たように思えて、先のことを考えると今でも涙がとまりません。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 7月 8 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

6月24日木曜日 香典泥棒顛末記

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   香典泥棒顛末記 [男性 64歳]  不快な許しがたいものの一つに香典泥棒がある。香典泥棒にやられた知人の談だが、遺族の困惑もさりながら、受付の当事者ともなると、死にたくなる程苦悩すると言う。  故人は高齢であった。小規模な葬儀と思っていたが、意外に200名近い会葬者があった。受付には私と遺族の身内の方一人の2名がいた。私は泥棒を予想したわけではない。単純に整理上、現金と不祝儀袋を入れる箱を別々に用意し、香典帳に記入と同時に仕分けしていった。  受付席には必ず一人は残り、空席にはしなかったが、焼香が始まり、一人が会場で焼香を済せ、入れ違いに私が席を立った。この間20秒ばかり空席になって、箱の一つが盗まれた。運良く現金入の箱は残って被害は免れた。後で葬儀場の近くで盗まれた箱が発見された。泥棒は近くの物かげにかくれて、スキを伺っていたに違いない。  会場に入らない喪服の人がいたら、ご案内しましょう、と声をかけるのも泥棒除には有効だろう。彼らは立派なスタイルで、一見紳士風という。  受付で不祝儀袋を開封して現金を取り出すのは感じがよくないが、小人数の葬儀では、そうもいかない場合がある。同じ箱を二つ準備したことで泥棒は間違えたわけだが、幸運というほかない。現金入りの不祝儀袋をそのまま箱に入れておいたら、そっくり盗まれたことだろう。  香典受付は敬遠される。しかし誰かがやらねばならない。私は以来2回仰せつかったが、遺族に帳尻を合わせ手渡すまでは、受付の責任と自覚し、席を立つときは必ず現金は鞄に入れて持っていることにしている。これを奪うのは強盗である。  大きな葬儀で受付が7、8人いる場合でも油断は出来ない、受付や香典を扱う者の無自覚から香典泥棒が時々発生する。たかが香典の受付、といっても世の中不況であり、いつの時代でも犯罪を計画する者は絶えないのであるから、決して軽視油断のできない分掌である。     明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 6月 24 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

6月17日木曜日 香典返しは生前ビデオ

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   香典返しは生前ビデオ [千葉県 男性 専門学校講師 33歳]  私は先頃、親しかった友人の葬式に出席したとき、友人への深い悲しみよりも葬式の前から葬儀会場に霊柩車が横付けしてあるのに、合理的という言葉では片づけられない怒りを強く感じました。  怒りながら家に帰ってきたせいか、香典返しの砂糖、お茶の類の平凡さが、故人との思い出を残せるものかとつい思ってしまいました。彼女は、とてもやさしく誰からも愛される性格の持ち主だったので、親族ではないので、彼女の形見分けが欲しいとは言えないが、故人をできるだけ長く忘れないでいるためのものを香典返しに品に欲しかったと、切に思いました。  この頃の葬式は故人の生前の声を吹き込んだテープを会場に流したり、生前の姿を映したビデオを映し出して、葬儀に工夫を凝らしていると聞いています。彼女の葬式もそんな工夫を凝らされていれば、怒りよりも哀しみが深かったはずなのにと思いました。  そこで私は、香典返しの品として、故人の生前の声を吹き込んだテープや生前の姿を映しだしたビデオを出してはどうだろうかと考えました。  これはスターとか有名人ですでに実用化されていると思いますが、一般人用に発売してはいかがでしょうか。またこれでは費用がかさむようでしたら、故人の出生から死に至るまでの写真をコピーしたものを小冊子にしたアルバムは、どうでしょうか。  これを作る場合、急死したとき、写真の収集に手間がかかる難点があります。そういう場合には、あらかじめ業者の方でアルバムを用意し、親族の方から故人の思い出の曲を聞き、その曲を吹き込んだものをアルバムの中に内蔵したものを作ってはどうでしょうか。もし、これがあったら、彼女との思い出が少しでも長く心に刻み込めるだろうと思いました。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 6月 17 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

6月10日木曜日 香典返しの目安

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   香典返しの目安 [男性 63歳]  私が体験したごく身近な例である。高齢に達した母に万一を考え、メモも書き、勤め先には自宅までの地図を準備しておいた。だが事前に予測できるものは常識の範囲内であり、いざ死を迎えると迷うことが多かった。まず葬儀社の人を前にして、でき得る限りの葬儀を出してやりたい思いと、なるべく経費を節減したい気持ちとが交錯し、容易に決断がつかなかった。  葬儀が、一段落して香典の整理を始めた。思ったより大変な作業であった。住所が不明の人、名字だけの人、会葬者名簿を突き合わせ、知人に問い合わせ、なんとか区分けをするのに2日を要した。お返しについて亡き伯母から教えられたことがある。「1000円包む人は義理でくる。1万円包む人は、それだけ喪主に力にならなくてはならない立場にある人。だからお返しを均等にすれば、不意の出費を余儀なくされた喪主は、多少でも助かる。それが香典に含まれた深い意味なんだよ」と。  とはいえ、せっかくの弔慰におろそかにはできない。内訳を見ると、2000円から5万円までの7段階で172件、連名の方々を加えると210人。そこで5000円に対しては6割ほど返し、それ以上は半額、以下を7~8割と決めた。妻と2人の娘との4人でデパートに出かけたが、目移りばかりして、なかなか意見がまとまらない。  いま思うと、焼香に来てくださった時点で、一定のものをお返しすべきであった。因みに親族の香典は別として、1万円、5000円、3000円の3段階で、その平均額は5285円である。従って4000~5000円程度の品を選べば、1万円の方に失礼にはならないと思う。  ともあれ、葬儀というと「高い、いくらかかる」という先入観と心配がある。葬儀の規模、運営方法にしても、お返しのことにしても、経験豊かな係員に予算を告げ、腹を割って相談なさることをおすすめしたい。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 6月 10 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

6月3日木曜日 交通事故の教えてくれたもの 

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。 交通事故の教えてくれたもの [東京都 男性 会社役員 52歳]  やがて20年も前の出来事である。私が以前に役員をしていた会社で、社員の運転する車が、働き盛りの男性をはね、即死させたのである。  夜中にその一報を聞いた私は、社長に代って、被害者宅に駆けつけた。  年老いたお母さんと小さな子供2人に囲まれた奥さんが、悄然として座っておられた。事件の一部始終を話し、心より当社の非を詫び、誠心誠意事後の処理に当る旨を伝えた。  既に警察より連絡を受けておられたとはいえ、少しも取り乱されることもなく、お母さんが「うちの子が悪いんでしょう」と云って身の置き処のない私をかばって、逆に慰めて下さったのです。  私はこの言葉を聞いた瞬間「このお母さんの為には何でもしなければ……」と心に誓ったのでした。  そして葬儀。告別式で会葬者に親族代表の方があいさつの中で、加害者である筈の当社名をあげた。「会社の方には大変お世話になりました。厚くお礼申し上げます」と申されたのです。多分お母さんのご配慮だろうと思ったのですが、本当にどうしてよいのか途惑った事を今も鮮明に覚えています。  後で判った事ですが、そのお母さんは、仏教に帰依し、宗教心の深い方だったのですが、もしあのとき「息子を返せ、人殺し」とでも云われたら……恐らくこちらも素直な気持で問題の解決は出来なかったでしょう。  我が子の死に対する悲しみと諦感を越えて、他人への慈悲心にまで昇華された信心は、人を動かすに何にも勝るものでした。  この寛容な心のお陰で、今は家族ぐるみのお付合を願う程になり、次男の方の結婚式にまでご招待にあずかり、その席上、スピーチで悲しい出来事の取り持つ「縁」を話し、お母さんの人間性をたたえた事でしたが、私はこの事故を通じて、貴重な言葉では表現出来ないものを学ばさせていただきました。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 6月 3 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

5月27日木曜日 献体の世間体

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   献体の世間体 [男性 63歳]  私は、子供のころから今日まで何度となく、入院するほどの病気や怪我をしてきた。人並み以上に医者の世話になってきたわけで、それだけ医学の発展のお陰をこうむってきたと言える。今日まで生きてこれたのも、医学のお陰である以上、それに報いる方法を考えておくのも、当然の勤めであると思う。  こうした思いの結論として、私は自分の遺体を医学の研究のために「献体」しようと思っている。どういう病気か、あるいは事故で死ぬかわからないが、「献体」することによって、いささかなりとも医学の発展に寄与することが出来たら幸いであると思う。  しかし、私がいくら「献体」を遺言状で書いておいても、後に残る妻や子供たちが反対すれば、「献体」を受け入れる側との間に、トラブルが起きることは避けられない。そうした事の起こらないように、私が生きている間に、妻や子供たちに、はっきりと私の意志を伝え、かつそれを承認させておかなければならない。  妻や子供たちは世間体を考えて、「献体」を主張する私に反対するだろうと思う。なぜなら「献体」するとならば、世間で行われている葬儀はせずに、大学の医学部あたりに直行するらしいからである。つまり「献体」された遺体は学生や教授の研究材料として、解剖され、その後何年かして遺族に返されて、そこで改めて、葬儀が行われるからである。こうした世間並みの葬儀が行われなかったり、遺体が医学の研究材料として、何年間か大学の医学部に留置されていることに対する罪悪感めいたものが、、妻や子供たちにある限り反対するのは当然であろう。  こうした妻や子供たちに対して、「献体」の意義や、私の医学に対する考えを、今生きているうちに充分に納得させておくことが、私に課せられた義務であると思う。  新聞などによれば、大学医学部の中には、「献体」の数が少ないために、学生の解剖の実習が出来なくて困っている所もあるそうである。それだけ、世間ではまだ「献体」に対して尻ごみしている点があるわけで、こうした風潮の中で、私の「献体」への意志は妻や子供たちを戸惑いさせるかも知れない。しかし、私が「献体」によって医学がほんのわずかでも進歩することを、私が願っていることを、必ず分かってくれるものと期待している。     明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 5月 27 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

5月20日木曜日 黄色いお札

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   黄色いお札(おふだ) [愛知県 男性 教員 55歳]  祖母に父母、それに私以下5人の弟や妹がいる良家の跡取り息子のところへ嫁にきた義姉は、農閑期には近くの鉄工所へパートに行って家計を助けるという働き者であった。その義姉を病魔がずたずたに切り裂いたのは、私を始め弟や妹達のほとんどを独立させたり嫁に行かせたばかりの頃だった。これから少しは楽な暮らしができそうだという時のそれは哀憐きわまりない死であった。  葬儀屋さんが組んでいってくれた祭壇の前で兄弟親族悲しみにくれていると、もう長い間、病の床についていた祖母が私を呼んでいるというので、別棟の祖母の病室をのぞいた。祖母は蒲団の上に身をおこし、袋から一枚また一枚と大事そうにお札を取り出し、押し戴いては、右、左と2つに分けていた。  「お札を2つに分けて、どうするつもりだろう」と、不思議に思いつつ、「何の用?」と、祖母の前に座って声をかけた。すると祖母は、「頼みたいことがある。直接、兄に言うのがほんとじゃが可哀想で言えん。ここにわしが若い項から札所を巡拝して迎えてきたお札がある。わしが死んだ時、冥途のお守りに持っていこうとためといたものじゃ。今それを半分に分けた。それを先立った嫁に持たせたってくれ。ちっとはあの世で幸せに暮らせるかも知れん。嫁はまだ若いでお札なぞ一枚も用意しとらんじゃろう」と、目を真赤にしてお札をさし出した。見ると、そのお札はどれも古くて黄色く変色したものばかりだった。祖母が一生懸命歩いて巡拝した信心と汗のお札--。大事にしてきた、しかも死期が近づいている祖母にとっては今一番必要なお札--。と思った時、私は「わ、わかった婆様。ありがとうな」と思わず祖母に全掌しお札を受け取っていた。兄に伝えると兄は鳴咽して棺をあけ、お札を妻の頭陀袋に入れたのだった。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 5月 20 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

5月13日木曜日 看護人への見舞い客

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   看護人への見舞い客 [三重県 女性 主婦 54歳]  8年前、姑が脳血栓で倒れて入院した時、看護以外で最も頭を悩まされたのが、“見舞品の処置”だった。豪華な果物篭や菓子折を御見舞ノートに記入しながら、病人に与えられるのはほんの僅かで、そのまま詰所に出しては申し訳ないし、病棟で分けるのも不自然。かといって家に持ち帰るものでもなかった。“見舞う心”より、健康な人の贅沢な手土産のような物が多く、頂戴物に苦慮するというもう一つ余分の仕事が加わった。  そんな時「○○さんの附添の方…」と、アナウンスされて外来の待合室に行くと、遠路はるばる訪ねてくれた友人が「元気出しなさい!!看護人の貴女がしょぼくれてたら病人さんが気の毒だから、貴女の見舞いにきた」と、真顔でいい、ゆで卵3個、みかん3個とお手製というよもぎ餅をやっぱり3個にティーバックを添えて1対2が、病人と貴女の比率よ…」と。  まるで小学生の遠足のおやつのような見舞品に2人は顔を見合わせて笑ったが、病室に戻り、不揃いな形のよもぎ餅を、ティーパックの煎茶で頂くおいしさ…姑も喜ぶ、暖かくて、安らぎの伝わる友人の見舞品だった。彼女は17年間、寝たきりの姑を看護して、“看護のいろは”を知りつくしている大先輩。見舞い疲れの心と体が一番きつい…という。確かに、姑は面会にくる賑わいの顔ぶれを喜んで迎えていたが、彼等が帰ると熱を出して主治医は首をかしげ、そのうち「見舞い客が置いていくウイルス感染」と、私に苦笑されるのだった。  健康体には分からない“心の負担”が病人を苦しめることを知ってほしい。 「持久戦には看護人への見舞いが第一」ぽんと肩を叩いた友人の“言葉”が、私をどんなに勇気づけ、姑への愛の還元になった事か…。     明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 5月 13 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

5月6日木曜日 家紋騒動記

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   家紋騒動記 [男性 61歳]  しっかり者の妻を失った義父は、久しぶりに集まった息子たちの姿に浮かれ、立ったり座ったり歩き回ったりで、全くの躁状態である。葬儀社の人は驚くほどてきぱきと、通夜葬儀万端の手順を整えていく。その中での流れを停めたのがこの家の宗旨である。   宗派が判かればそれによってお寺さんの手配をしてくれるのだと云う。然し仏壇も無いこの家で、手を合わせる機会も無く育って来た息子たちに、宗派の事など判ろう筈も無く、義父でさえ判然とした答えを出せないでいる。仏頂面の長男が、電話で母の死を伝えながら叔父にたずねる。   次の大きな引っかかりは、会葬御礼の印刷物に入れる家紋である。両親の紋服姿など見た事もない息子たちには、自分の家に紋のある事すら判っていない。再び長男の電話である。言葉で聞いただけの形も判らぬ家紋を、家紋帳をひろげた葬儀社の人が指で示して確認を求める。 「そうだわ、田舎のお祖母さんの肖像画は、たしかにこんな紋付きを着ていたわ。」   妻がきっぱりと云うと、かたわらから義父が、「うちにゃあ紋なんかないぞ。」と大声を出す。   兄弟たちの事はともあれ、年老いた両親の交際に関し、ある程度は知っていなくてはならないと痛感したのだった。小学生の頃、工作の時間に真鍮板を釘で叩き出し、家紋入りの表札を作ったことがある。我が家の「丸に橘」が難しく、簡単な家紋の友を羨ましく思ったものである。その工作のお陰で、わが家紋は強く脳裏にあるが、私の娘達は我が家の家紋など知らないのではなかろうか。   私は一計を案じた。言葉で教えるよりも形を示し、馴らしてしまうのが何よりと思う。そこで初詣の土産に家紋入りのミニ提灯を買い求め、部屋の隅に掲げておこう。娘たちは、それに拠って我が家の紋を認識する事だろう。彼女たちには嫁に行くまでの、わずかな期間の家紋ではあるが、私たち夫婦には生涯の「丸に橘」であるのだから。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 5月 6 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

4月22日木曜日 悲しみに揺れたビデオ撮影

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。  悲しみに揺れたビデオ撮影 [男性 55歳]  今春、世話になっている会社の社長の娘さんと、そのお子さんが交通事故で同時に亡くなった。私は葬儀の受付を手伝うと共に葬儀の模様をビデオカメラで撮ることになった。  当日、その責任を果たすべく、初めのうちは訪れた方々を一人ものがすまいと、また式次第を全て冷静に撮影していた。しかし式が進行するにつれ、いたましい交通事故、しかもひき逃げという最悪の事態もあり、その怒りと悲しみはひとしおになり、誰もが涙々の状態になってしまったのである。特に長女と初孫を同時に失った社長夫妻と、娘さんの親友達の様子は参会者の涙を倍加したのだった。私自身も、この間までの元気だった娘さんを思い出し、ビデオを撮るどころではなくなっているのだった。涙でファインダーも良く見えないしカメラぶれを押さえるのが大変だった。  そしてクライマックスの最後の別れがやってきた。2人とも安らかな顔であったが、明かに事故の傷をぬい合わせたあとが分り、改めて参列者の鳴咽と涙は最高潮に達した。私は片手にビデオ、片手にハンカチという状態だった。  出来上がったテープはブレがひどく、とても他の人に見せられるようなものではなかった。つまり私の感情が入り過ぎていたのだ。このように急死された方の葬儀のビデオ等による記録は第三者に頼むのがベターなのではないかとつくづく思った。    おそらく、あのテープは社長が愛娘と孫にしてあげた自分の心づくしの努力を記録してもらったという満足感のみで、悲しみを再び思い出さないよう、どこかにそっとしまったままになっているにちがいない。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 4月 22 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

4月15日木曜日 悲しき集中室

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   悲しき集中室 [大阪府 主婦 78歳]  ある病院で主人が癌で亡くなりました。入院時に院長先生に5万円、主治医も5万円、看護婦さんに3万円、看護婦48名にはお菓子を持って挨拶する様に言われました。しばらくして主人が集中室に入れられ、30分間位で一人苦しみつつ亡くなったのです。  毎日点滴と輸血の連続でした。いつも苦しくなくて良かったと思いました。主人は最後まで癌であることを知りませんでした。隠していたのです。点滴と輸血続きでしたが、とうとう人工の真白い液が入れられました。「もう少し」と、終わろうとする時、苦しみ始めました。看護婦さんが「おむつを」と言われましたので、すぐに病院の売店へ行きましたが、置いてありませんでした。あわてて町の薬店に走りました。雪降る夕暮れジングルベルの音を聞きつつ4軒目で特大が1枚ありました。急いで部屋に戻ると、空室です。尋ねると集中室とのこと。ドアを開くと何と蝦の様に身体を真二つにして、モルヒネと言って七転八倒の苦しみです。看護婦の姿もなく「医者を!」と言っても仲々来て下さいません。病院内で大勢の医者も、看護婦さんもおられるのに、重病人が集中室で放たれているなんて理解できません。  おかしいと思い隣室の看護婦さんに先生を希いましたがだめです。見るからに弱って来ているので「息が止まってから先生が来ても困る」と申したら、死の2分位前に来て下さいました。集中室に入れられて一人だけで何の処置もしなくて死に致らせるなんて恐ろしいことです。毎日死人があるのでしょうが、こんな残酷な行動は許されないと思います。資格を持った医者に、無責任な態度は許せません。  これが現実の姿です。自分の身内の者が入ってるならば、こんな事出来るでしょうか。主人が悔しい思いでいたと思います。集中室は死ぬ所ですが、もう少し人情を持て当たって下さい。少しばかり楽に死なせて下さい。お願いします。後の人の為に、私は4年後にペンを取りました。集中室は人間の醜い所を現す場所です。苦しむ度数が少ない様、医者に計って下さい。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 4月 15 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

4月8日木曜日 形見の役割

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   形見の役割 [兵庫県 女性 アルバイター 32歳]  私は祖母の形見をいくつか持っています。それは楊の櫛とお手玉と財布の飾り物なのです。これを一つの箱に入れて本棚に置いているのですが、何かしら悲しみに包まれた時や、祖母の事をふっと思い出した時などに、私は箱を開けて、櫛で髪を梳いたり、お手玉を手のひらに乗せたりして、留まった時間の中で、魂を漂わせるのです。やがて安らぎに満ちると、そっとそれらを箱の中に戻して、ふたを閉じます。形見というものは、生きている私達にとって大きな意味を持つものだと思います。思い出は心の中にあればいいと思いますが、時として形になったものの方が、人を励ましたり、優しい気持ちにさせるのが容易ですね。形見はそんな役目を持っているのではないでしょうか。  私は人生に終わりを告げる際、肉親はもちろんですが、友人にも形見を残したいと考えています。わが人生に彩りを添えてくれた周囲の人達に形見を残したいと思います。昔から手仕事が好きで洋裁や、パッチワークを趣味としていますが、私が死ぬまで、続けるだろうと思われる唯一のものなのです。  中学2年生から今までの人形の好きな親友には、人形を形見にしましょう。ムーミンに顔が似ているとのことで中学生の頃「ムーミン」と呼ばれていたのでカバの人形を。  友人Mさんはとても花を愛する人なので、布の花束がいいなと思います。チューリップやスパティフィラム、綿の小切れでいっぱい作って大きな花束を作りましょう。仕事場で親しくなった映画マニアのTさんには映画用パッチワークの膝掛けを作りたいです。  短大時代から好奇心いっぱいの友人Fさんは、いつも大きなバックを持っており、丈夫で楽しいビッグな布袋。細かいアップリケの模様で技あり、てとこでしょうか。中は仕切がたくさんあって使いやすくしています。  私は、こうやって、各々の友人を思い浮かべて様々な手作りの品を作っておきます。私を見送る式場では柩の側にそれぞれの形見が友人の名をたずさえて受けとってもらうのを待っていることでしょう。  お線香を立てて手を合わせる。その後スッと身を引く。というお葬式は、それなりに、慎み深い雰囲気があっていいのですが、友人への形見を手に取って席へ戻るというお葬式ならば、参列の人達も、知人どまりのつき合いの人達が、ああ、あの人は今は亡き人と非常に懇意な間柄だったのだろうと推し量り、静かに故人の交流を偲ぶといった演出もできるでしょう。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 4月 8 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

4月1日木曜日 家系図

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   家系図 [茨城県 男性 71歳]  私たち夫婦は共に70歳を越えているし、また90歳の両親を送ってから、7年になる。私が家系図の作成を思い立ったのは、両親を亡くしてからである。  私は長男だが、両親が80歳を越えるころまで仕事の関係で、ずっと別居していたので田舎の実家での様々な付き合いは、ほとんど両親任せであったから、両親を亡くしてから、何かにつけて困ることが多くなった。  例えば、年回忌の法事をやるときに誰と誰を呼ぶべきか、席順はどうなのか、どの程度の付き合いの人なのか…といったことがよく分からない。大体は近くの親戚の人がやってくれるのだが、昔のことを知っている年寄りも年々いなくなってしまう。  そこで、大きな和紙に自分で分かる範囲の家系図を書いておいて、お盆やお彼岸や法事など、親戚にあえる機会に必ず持参して、書き足すようにしている。  これは大変便利で、親戚同士お互い知らないことも多く、特に親を亡くしている若い世代の人達からは、是非コピーを欲しいといわれている。この表は、書き始めてから4、5年たつが今では、余白がほとんどないくらいで、ほぼ完成している。  元々私は日記をつけたり、色々と記録をすることが好きなので、なにか将来に残すものを作りたいと思っていたのが、この家系図一巻を手始めに、両親の葬儀、一周忌、七回忌などの記録を巻物の形で残しておこうと思っている。  こういった祖先の書き残した古文書を見る度に、祖先が身近に感じられ、仏壇での礼拝にも身が入るような気がする。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 4月 1 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

3月25日木曜日 戒名の値段

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   戒名の値段 [女性 78歳]  「戒名は、院にしますか、居士にしますか、それとも信士でよろしいでしょうか」と、聞かされて、まごつきました。    父が亡くなった時のことです。枕経が終わって、戒名をつける段になってからです。なんのことやら、わかりませんので、尋ねましたところ、住職の話しでは、戒名には、大別して男性の場合は、院と、居士と、信士があるということでした。例えて言うなら、院が大学卒とすれば、居士は高校卒、信士は中学校で、社会に出る時にランク付けされるように、あの世に行っても戒名でランクづけされるということでした。それでは、いちばん上等の院でお願いしますと言うと、院は戒名料が50万円以上になっていますということでした。  「お布施、心付け、葬儀費とは別ですよ」これには驚きました。では、予算の関係もありますので、他のを聞くと、居士なれば30万円以上です。信士にされますと普通のお布施で結構という話でした。  さあて? と、身内一同、鳩首緊急会議となったわけですが「死んでからまで、そんな差別があるもんか」と、言う者と「いや、輪廻転生というて、つまり霊魂は不滅げな、いろいろなものに生まれかわるそうな。三界(欲界、色界、無色界)や、六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)に、生死を繰り返して永久に苦しむという、同じ人間に生まれ変わっても、生まれどころの良いか、悪いかで、その人の一生が左右される。それが戒名のランク付けじゃろう」と、変に詳しいのが出て、喪主なる私は大いに迷ったものでした。  それも宗派によって違うようですが、念のためです。前もって知っておいて損はないはずです。これからお葬式をする人に、一言、アドバイスです。   明日のテーマは、今日のご冥福です。   家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 3月 25 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

3月18日木曜日 お見舞いの難しさ

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   お見舞いの難しさ [神奈川県 女性 27歳]  昨年母が検査と手術のため3ケ月程入院していた。親類、母の友人、近所の方々と色々な方々がお見舞いに来て下さった。その中で実感したのは、「見舞い」とはとても難しいものであるということ。それは見舞いに来て下さるかたは健康であるが、母は病人であるということ。家にいる時のように心や体が落ち着いているわけではないのだ。    他人に病気の姿を見せたくないと思ったり、人と話したくない時もある、明日の検査で悪い結果が出たらどうしようと不安で仕方ない時もある。それなのに時間を選ばずやってきては長時間話しをしていく見舞い客に対して、病人は無防備だ。どうすることもできない。見舞い客の帰った後、疲れて眠る母を見て、見舞いに来ること(行くこと)は、はたして良いことなのか悪いことなのかを考えさせられた。  また色々とお見舞いの品を頂戴したのだが、絶食検査中の時の食べ物類(特に生もの)、きれいだが頭がくらくらしそうに強い香りのお花、同じような病気の人が書いた闘病記など、お心づかいは本当にありがたいのだが、それでも困ってしまうものばかりだ。そんな中で、大変気のきいたお見舞いの品だと思ったのが母の友人の方が贈って下さったテレホンカードの3枚組セット。かさばらず腐らず、見て良いし使って良しと実用的。病院から毎晩家へ電話をする母には大変役立ったそうだ。それともう一つ。食欲のない母に少しでも御飯が食べられるようにと、塩分ひかえめの大変おいしい梅干を1箱。こちらも母の友人が贈って下さったものだが、この梅干のおかげで食欲が出たと母は言っている。  母の入院を通して、私は自分が見舞う側に立った時に気をつけなければいけないことを身をもって体験したと思っている。   明日のテーマは、今日のご冥福です。   家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 3月 18 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

3月11日木曜日 お布施の中身は空っぽで

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   お布施の中身は空っぽで [埼玉県 男性 35歳]  葬式に隣組の手伝いはつきものだ。事件は私が隣組の組長をしていた時に起きた。近所のおじいさんが亡くなられ、組長なので、現金20万円と印鑑を喪主から手渡された。そのお金で、葬儀にかかる雑費を支払ったり、死亡届けを提出する仕事を仰せ付かった。  しかし私は隣組の組長の仕事がどんなものかはよく知らず、年配の方に教わりながら手伝いをすることになった。現金を預かったからには、領収書を貰わなければいけない。ところが、墓守や火葬場の人、霊柩車の運転手に、御清めとして渡す寸志など、どうしても領収書をもらえないものがあった。この事については、喪主の方から、組長さんが香典袋に入れて渡してほしいと頼まれていたので、特に問題はなかった。  葬儀も無事に終り、喪主の家を片付けている時だった。お寺から電話があり、お布施が入っていなかったというのだ。それを聞いてドキッとした。喪主からは、香典袋に喪主の名前を書いておくことは頼まれていたが、お金は、喪主が入れて持って行くものと思っていた。ところが喪主の方は組長の私にお金も入れておくよう頼んだ気になっていたのだ。だから喪主は空のお布施をお寺に持って行ってしまったというわけだ。  どこにでもありそうなトラブルだが、喪主と隣組の組長である私との間で、きちんとした打ち合わせをする時間がなかったために起きた手違いだと言える。葬儀はゆっくり打ち合わせをしている暇などない。私の方から話しを持ちかけ相談するべきだった。まだまだ尻の青い自分を感じ恥かしかった。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 3月 11 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

3月4日木曜日 大人の心を見たとき

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   大人の心を見たとき [栃木県 主婦 28歳] 何があったのか、中一だった私には知らされなかった。でも子供なりに察していた。母の兄弟達が遺産分けでケンカになったのだ。 ある日曜日の朝、電話が鳴った。私はまだ寝ていたが、誰も出ないので受話器を取った。眠くて声がガラガラだった。 「はい、小林です」 「もしもし、春子じゃないな」 母方の伯父からだった。 「うん、違うよ。今出かけてるみたい」 「声色出したってだめだぞ」 「え?」 「声色出したってだめだって言ってるんだ。今から行くからな」 そう言って電話は切れた。何故来るかは想像がついたが、伯父の口のきき方に私はしばらく茫然としてしまった。まるで私を憎んでいるみたいだ。母と声が似ているのは仕方ないのに、何が気に障ったのだろう。 つい何年か前まで、ひざにだっこしてくれ、にっこり笑っていた伯父なのに。   小一時間もして伯父と、その長男がやって来た。両親はまだ帰っていなかったので、応接間に通してお茶を出した。中学生なのだからこのくらいのことをしなければと思ったのだ。 「お茶を出してくれるのか。へえ、ごきげんとりか。春子に言われたのか」。にこりともしないで伯父が言った。私はそんなつもりじゃないと言おうとしたが、悲しくて言葉にならなかった。 大人の話の内容はわからないが、もう楽しい日々はやってこないと確信した。 大人のきたない面を初めて見た。その伯父も3年前死んだが、お葬式には母も行かなかった。私も、お金のために人間が変わることがあるのだろうか。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 3月 4 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

2月25日木曜日 お経代わりの朗読を

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   お経代わりの朗読を [和歌山県 男性 88歳] 私は当世の僧達が、大学で仏教学を学んで、その道に詳しいが、肝心の「修業」を怠っており、世襲が多く、僧としての内容に乏しく、極楽行きの咒いか切符発行者を渡世にしている体に不満を抱いているので、自分の葬式には僧を、世間はその僧の参列の多少を持って盛儀を伝々したり、参列の僧は、その座の僧達の、袈裟比べを内心している姿や、お布施の多少で、お経が長くなったり、短くなる事に批判していますので、僧は形式的に来てもらうが、唯一人にして、後は自分流にやってみます。但しこれだけでは、世間の口がやかましい当世のこと、遺族が迷惑しますので、この事を遺言状に書き、先ず「本日の葬儀は故人の遺言によって執り行う」と、司会者から葬儀に先だって一言述べさします。経の内容は一般的には、それが漢音で棒読みされるので解る筈がなく、単に極楽行きの呪文のように思えるので飽き足りません。葬儀に一人の僧も無いのは寂しいので菩提寺の僧一人だけ来てもらうだけとします。お経が長いので参列者がうんざりすることが多いので、心経だけとします(摩訶般若波羅密多心経)あとは、生前に最も親しかった友に頼んで、鴨長明の「方丈記」最初の所をゆっくりと朗読してもらいます。  次に、も一人の親友に、芭蕉の「奥の細道」の書き出しを読んでもらいます。そして時間のあいには、生前愛していた曲をヴァイオリンの独奏をやってもらいます。「トロイメライ」「ユモレスク」2曲です。そのあと、生前に吹き込んでおいたテープで「自分の生前の頂いた友情や当日の参葬の礼を述べ、また遺族への変わらぬ友情をお願いします。そして心経を時々唱え、最後に大きい声で「サヨナラ」を連呼します。また、アメリカの葬儀で見たように、遺体の寝棺の顔の所にガラスをはめてそこで参列者が最後の対面をして、線香の代わりに手に手に小菊を一枚づつ、棺の上に捧げてもらいます。家系の山本主膳康忠が、南紀の一城の主、豪族であった事の誇りを持ち、正しく清く、強く生き抜く事を、信条とするよう、家系をプリントして、子、孫たちに漏れなく配り、私の命日に、それをそれぞれ仏壇の前で朗読するようにしています。また自分の詩集「いろは経」の中の一部を、会食前に全員で朗読するように命じています。骨は両親や弟の墓の中に入れてもらいます。一切の弔花、樒(しきみ)等は予め断り、香典は頂いて、まとめて市内の善意銀行に寄付します。書籍はまとめて、市内の善意銀行に寄付します。これらの事、一切を遺言状に書きこれを実行することが最後の「親孝行」と命じておきます。  遺産相続は、子孫の名を列記して、それぞれに与える。土地、家屋、価値を明記しておきます。大事にしていた芥川龍之介から貰った手紙は次男へ、南方熊楠の手書きの原稿は長女に与えます。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 2月 25 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

2月18日木曜日 園遊会のような通夜

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。    本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   園遊会のような通夜 [東京都 主婦 60歳] 昨年の秋、我が家の長男が急性心臓死で亡くなった。我が家をこよなく愛し、親達の面倒をみるのは当然だと同居を自ら申し出ていた息子。心優しい思いやりのある息子がある朝急逝。信じられない出来事であった。  葬儀社の方を呼び、式場はどこにするかが問題になった。今はお寺様か斎場でするのが多いとか。掛かる費用は同じで、狭い家で行うのは大変だからという。お寺でなさったらどうですかと再三言われたのだが、息子を一日でも多く我が家に置いてやりたい親心で、自宅で執り行う事に決定した。葬儀社はたまたま葬儀が重なり人手不足で洋間の家具一切や道具類を外に出すことは大変な事で、全部親戚の方たちが手伝って庭に出してくれた。それでも8畳間の式場ではいっぱいで、ご住職にお座り頂く所と、左右に私共両親と娘がご挨拶のために座る所だけ。しかし、立派な祭壇が出来た。  通夜のお客様には、正面の庭に葬儀社が準備した椅子を並べて、掛けて頂いた。涼風の心地良い季節でもあって、通夜のお客様はほどんどが庭で読経を聴き、哀調を帯びた御詠歌の涙をそそる何とも言えない心に染み渡る通夜の儀式であった。お清めはそのまま庭の木立の中でビールにお寿司程度を召し上がって頂き、さながら園遊会のような通夜であった。高校時代の先生方、同級生、大学時代の友人など皆様去りがたく、旅行、サークルの写真など持参して下さって話は尽きなかった。  庭からの焼香、行き交う通夜のお客様、ご近所の皆様方の姿を拝見し、我が家から出して良かったとつくづく思った。感謝の気持ちでいっばいだった。  告別式では、若い人の場合、弔辞はいらないと言われたが、同年輩の義兄が心暖まる愛情のこもったお別れの言葉を述べて下さった。最後に息子の好きな音楽を流して葬送曲とした。ささやかな葬儀ではあったが、息子もさぞ満足してくれたであろうと思う。    明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 2月 18 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

2月11日木曜日 縁起の悪い話 

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。    縁起の悪い話 [愛知県 主婦 46歳] 昨年初め、夫の父親が80才という高齢で他界した。夫は長男であったが、勤めの関係から親とは別居していた。葬儀の不慣れはすべて葬儀社さんにお任せすることで、つつがなく事を運ぶことができたが、問題はその後にあった。本来なら焼場からお骨はその足で墓地へ納骨というのがこの在の習わしのようだった。ところが80才にもなる老人2人をかかえておりながら、まったく不用意にも私達はその時墓地をもっていなかった。  迂闊だった訳ではない。あえてそれに目をつぶってきたことには理由があった。かつて一度だけ娘の私の口から墓地の話を持ち出したことがあった。ところが普段穏やかな姑が頑固なまでに難色を示した。要は縁起の悪い話だというのである。確かに高齢者を前にお墓の話は酷だったかも知れない。その時私に他意はなかった。ともかく避けて通れぬ現実の前で慌てたくはなかった。だが夫までがその時口裏を合せるように、親の嫌がる事を二度と口にするなと私にクギをさした。  お墓の話は、そのまま暗礁に乗り上げてうやむやになった。そして今回の舅の死である。親父が何処かに心積りしてあるのだろうと夫はあの時言った。再三、再四、舅の里の寺から墓地の斡旋の促しはうけていたようだが、当面、墓地のないことが私達を慌てさせた。お骨を家に置いておくのは縁起が悪い、とまた姑が言いだした。姑を恨む気はなかった。墓地探しがはじまった。そして運よく墓地に詳しい方の助言に支えられ、四十九日法要までには墓石も間に合わせてもらった。  その時の気苦労や、お世話になった方々へのお礼は馬鹿にならない額になった。墓地は、若い健康な時にこそ手に入れるべきもののようだ。備えあれば憂いなし、黄泉の国へ旅立つ時位、何の憂いもなく昇天したいものである。    明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。  

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木, 2月 11 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

2月4日木曜日 嬉しいお葬式

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。    嬉しいお葬式 [新潟県 男性 67歳] お手伝いさんが、「母の様子がおかしい」と知らせにきた。急いで台所へいくと、母が妙な目付きで突つ伏していた。昼食中の出来事である。以後一言も口をきかず、母は、2日後この世を去った。84歳の生涯であった。 母には子供が5人いたが、2人の子供に先立たれ、末っ子の私と地方の町で暮らしていた。私も既に52歳。常に抱く一つの危懼があった。それは、いつ第3の悲劇が突発するか-?の恐れである。 もし私が先に旅立てば、母はどんなに嘆き悲しむことだろう。これ以上、子の葬式を味わわせる訳にはいかぬ。何としても、私が見送らねば……頭はその事で一杯だった。親不孝な考えだろうか?それとも親孝行だろうか?葬儀は私一人の肩にかかった。次兄と長姉がいたが、一人は遠く、一人は高齢だ。だから万般、妻と相談してやる他なかった。葬儀店の依頼は勿論、寺との交渉、お通夜の段取り、葬儀当日の進み、その後の料亭での客のもてなし……諸々を一気に片付けねばならない。 細かい事が一杯で、一つおとしても大変だ。そこで、進みごとにすべての用事を箇条書にした。更にそこから必要事項が発生するし、それも又書く。大学ノート2頁にぎっしり。すんでいくものから消すことにする。でないと、どうなったか迷う。電話は何度かけまくったことか。通夜の晩は殆ど睡眠出来なかった。 それ程細心にメモし処理していったに拘らず、火葬場への到着の際“埋葬許可証”持参を失念!「よく忘れる人がいるから」と言われ、メモし用心していたのに…。ごった返しで、再確認の余裕を失したのだ。が、火葬場は理解してくれ、助かった。 おときと称する料亭でのもてなしは、私たち夫婦は絶えず客への酌に回った。私は「…これで親不孝をかけずほっとしました。本日は皆さん、母のことを思いながら十分楽しく過ごして下さい。」と挨拶した。葬儀社の助力で万事やれたのである。職業とはどんなものでも役に立ってくれる。     明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 2月 4 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

1月28日木曜日 いやがる着物で旅立たせた後悔

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。     本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   いやがる着物で旅立たせた後悔 [男性 57歳] 先年、妻をガンで亡くした。 深夜に病院で息を引き取った後、看護婦さんから「湯灌をしますので、遺体に着せるものをご用意ください」と言われて、ハタと困った。 亡くなる半月程前から病院に泊まり込んでいたため、病人が汗をかいたときの着替え程度は用意していたものの、永の旅立ちに着せて行かせるようなものではない。しかもその時手元に残っていたのは、妻が「この寝巻は好きじゃない」と言って、袖をとおしたがらなかった洗いざらしの浴衣一枚だったから、なおのこと困惑した。急いで家に帰って持ってくるからと頼んでみたものの、忙しい夜勤の看護婦さんはウンと言ってくれない。 結局、妻が嫌っていたその浴衣で間に合わせることとなったが、遺体を家に運んでからも、ずっと心残りだった。しかし、いまさら着替えさせるわけにもいかず、今思い返してもせめてもう少しマシな着物を着せて旅立たせてやりたかったと、後悔の念にかられる。 今は、不慮の事故のようなケースを除いて病死の場合は、病院で亡くなることがほとんどであり、それも時間を選ばない。いざと言う時に私のように、心ならずも死者の意に添わぬ着物を着せて湯灌せざるを得ない場合も多いと思う。必ず近く訪れる家族の死を前にして、動転していることが多く、なかなかそこまでの心配りはできないが、やはり、後に悔いを残さぬためにも、準備すべきものは準備しなければならない。 葬儀当日の次第や段取りは葬儀社が心得ているから、滅多に失敗はないが、それ以前の親族の心得として、湯灌に際しての死装束には、せめて何を着せて旅立たせるかを、事前の覚悟の一つとしてしっかりと心に決め、病室の片隅にでも目立たぬよう用意しておくべきであると思っている。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 1月 28 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

1月21日木曜日 一杯の熱いお茶

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   一杯のあついお茶 [男性 52歳] 会社の同僚の父親が亡くなったというので、その通夜に出かけた。 寒さの厳しい冬の夕方で、駅からかなり離れた所にある公営の斎場に着いた時には、体がすっかり冷え込んでしまった。亡くなったのが、退職してかなり長い間たった80歳すぎの方だったせいか、弔問に来る人が案外少なく、ひっそりとした通夜だった。 焼香を終えて、知人と一緒に帰るころには、雨もぱらぱら降ってきて、「この分だと、今夜は雪になりそうだね」と話ながら駅の方まで歩いた。歩いているうちに、さらに体が冷えてきたので、駅の近くにそば屋を見つけたときは、ほっとした。温かいそばをすすると、やっと体が温まり、生き返ったような気がした。 知人と私は、どちらからともなく、「あの齋場で、あついお茶の一杯でもご馳走になりたかったね」と話し始めた。急に父親が亡くなったので、いろいろな用事に追われ、細かいところまで気がつかなかったのだろう。しかし、もしも遺族が気がつかなかったとしても、葬儀一式をまかされた葬儀社の方で、なぜもう少し気をきかすことができなかったのだろうか、と思った。 弔問する人はそんなに多い訳ではなかった。あつい湯をポットに入れ、お茶と湯のみだけ用意すれば足りることである。そのぐらいの手間と費用は、しれたものである。たったそれだけの小さな心遣いでも、この寒い日にわざわざ来てくれた人たちに、どれだけ温かいお礼の気持ちを伝えられることか。 「おれたちの時には、どんな質素な葬儀であっても、あついお茶の一杯ぐらいは出そうな」 と、そばのつゆを飲みながら、知人と話し合った。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 1月 21 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

1月14日木曜日 一冊のアルバム

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   一冊のアルバム [福島県 主婦 43歳] 一冊のアルバムが、ひっそりと本箱の隅に置いてある。32歳の若さで癌のため他界した女性の葬式の一部始終の写真集である。位牌を持ち、妻に先だたれ、つらい表情の夫、両脇には、脅えたような表情で父親にしがみつく幼子2人の写真。その撮影日から3年後、私は嫁いだ。 このアルバムを何気なく手にしたのは嫁いで1カ月過ぎた頃だった。死別とは承知の上ではあったがショックを受けた。何の為にこのアルバムを残してあるんだろうと不思議でもあった。友に「こんなアルバム処分しなさい」と言われたが、私は出来なかった。しかし、このアルバムを見た事で子供達への接し方が決まったような気がした。 私としては死別した母親を離した生活をと思っていたが、このアルバムが残っている以上、私は故人と一緒に子育てしようと決心した。命日、盆彼岸は勿論、子供の誕生日、入卒業、賞状をもらったと何かにつけ子供と一緒に仏壇に手を合わせ報告した。主人と子育てで口論、夜中一人で仏壇に「どうしたらいいの」と語りかけた事もあった。 息子が中3の時、万引きをした。ふてくされる息子を仏壇の前まで引きずって行き「私以上に、死んだお母さんも悲しがっているよ」と、涙ながらの説教に普段あまり感情を出さない息子が「ごめんなさい」と声をあげて泣き、長時間2人で泣き合った。 その息子も今、サッカー一筋の高2である。今年、看護学校に入学する娘も、私の姿を通して身についたのか、朝の仏壇にお茶をあげている。あのアルバムに出会わなければ、私の子育ても違っていたかも知れない。人は「何で死んだ人をひきずって生きるの」と言う。しかし、私は引きずってではなく、共に生き、共に子育てをしてきたように思う。だから2人の子供も非行に走る事もなく、健康で素直に育ってくれたのだと思う。   明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。  

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木, 1月 14 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments

1月7日木曜日 家に帰りたい

 「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、 家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。   本日のテーマは、「葬にまつわる体験談」。 選りすぐりの感動の体験談をプロの葬祭ナレーターが朗読いたします。   家に帰りたい [神奈川県 女性 栄養管理士 36歳] 母は、発病以来12年間、3度の手術と、放射線療法、化学療法などの為入退院を操り返す日々を過してきた。この長く苦しい闘病生活に、やっと別れを告げたのは、“死”への出発であった。 8月。「お盆までもつかどうか危ぶまれる。」という医師の言葉を裏打ちするかの様に、母は、流動物すら飲み込むことが困難になった。衰弱は目に見えて現われ、医師は、IVH(中心静脈栄養)をするかどうか、同意を求めてきた。しかしこの時、私の脳裏をかけ巡っていたのは『母を家に帰したい。母を家で看取りたい』という思いだった。IVHを始めれば、病院を出ることは出来ない。私は決断を迫られていた。母を家に連れ帰るということは、IVHはもとより、点滴もはずされ、母の命をつなぎとめていた医療行為の全てを取り去ってしまうことになる。さらに、母自身に与える精神的不安も気にかかった。しかし、迷っている時間はなかった。医師、ナースと相談の結果、私の、そして母の夢を、すぐ実行に移すことに決まった。 家に着き、ストレッチャーが車から降ろされると、母はほほえみを浮かベ、何度も領くようにして、深緑の草木を見つめ、その上で木もれ陽がうかれるように揺れていた。 畳の上に敷かれたふとんに体を横たえられると、母は「うれしい」と明るい笑顔を見せ、病室では、一人で体を動かすことも出来なかったのが、寝返りをうち、手や足を畳に触れて、懐かしそうに家の中の物音に耳を傾けていた。またいつもの生活が始まる様な錯覚の中にいた私に「帰りたくないなあ(病院に)。このまま家で…」と言いかけて、母は口をつぐんだ。その声にならない言葉の意味に、私は母の手を握りしめ、無言で応えた。 もしもIVHをしていたら、命は何日延びたのか。そして、母の、あのほほえむ様な死顔を、同じように見れただろうか。---否。    明日のテーマは、今日のご冥福です。 家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

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木, 1月 7 2010 » 葬にまつわる体験談 » No Comments