家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

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11月18日 日本墳墓史13

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

今回のシリーズは、「日本墳墓史」

最近「自由葬」であるとか「個人墓」など、お墓が話題になることも増えてきましたが、長い歴史の中でどのように墓が移り変わってきたのか、日本墳墓史と題して、墓の歴史をたどってみます。

室町時代(1336~1573)

応仁の乱(1477)以後は、洛中の寺院で境内に墓地を設けている例がいくつも出ている。16世紀半ばすぎには、阿弥陀寺や知恩寺に対し、墓府が特例として境内地への土葬を許可しているが、それは「無縁所」であつたり、すでに既成事実となっていたための例外措置であり、幕府の基本姿勢としてはあくまで京中寺院での葬送禁止であつた。また当時なお大きな力を握っていた比叡山延暦寺も同様の立場から、京中寺院の境内墓地に圧力を加えていた。しかし住人たちの「寺院の本堂近くに墓を立て、そこで将来にわたって追善供養を受けたい」という願いを押しとどめることはできなかつた。こうして都市内の寺院と境内墓地への埋葬という、近世から現代にまで連続している墓地のあり方が登場した。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

金, 11月 18 2011 » 日本墳墓史

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