家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

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12月6日 仏式葬儀の起源4

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

今回のシリーズは、「仏式葬儀の起源」

現在、日本の葬儀の9割以上が仏式であるといわれるが、仏式葬儀の形式のルーツはどこにあるのでしょうか。日本で現在行われている仏教葬儀で見られる慣習のルーツは、釈尊の涅槃直前の様子や釈尊の葬儀などを起源としているものといわれるので、それを見ていくことにします。釈尊は長い伝道生活のあと、老年を迎えて身体の衰えを隠せなくなった。自分の死期を感じ、南方のマガダ国から数百人の弟子を連れて北方に向かって最後の旅に出ました。旅を続けて約半年後に、釈尊はクシナガラで死を迎えました。時に80歳でした。

転輪王の葬儀

釈尊は阿難尊者に、3か月後に入滅するとの宣言をされた。阿難尊者はこの宣言を聞いて大変に驚いたが、それは変えられない事実であった。そして自分は釈尊の葬儀をしなければならない。そこで、釈尊にどのような葬儀をしたらよいかとの指示を仰いだところ、転輪王の葬儀を模範とするようにと答えた。

転輪王とは、天下を統一する伝説上の帝王のことで、戦争に大変巧みな王のことである。この転輪王は俗世界を支配する王であるが、自分の葬礼はこの転輪王を模範として行えと言われたのである。

では転輪王の葬儀はどのように行うのか。まず王の身体を絹綿で包み、その上を新しい麻布で包み、金棺を作ってその中に油を入れて死体を納める。さらに外側を鉄の棺で囲み、二重棺にするといわれている。

そのあとあらゆる香木を焼いて火葬にした。わからないのは、鉄の棺では焼けないのではないかということだ。油を入れるというのは、遺体保存の役目もあるが、やはり火力を強めるためであろう。現在、ガンジス川河畔での火葬を見ていると、薪の上に直接遺体を乗せて焼いている。そして骨が完全に焼けないまま川にほうり込んでいる。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

火, 12月 6 2011 » 仏式葬儀の起源

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