家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

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12月8日 仏式葬儀の起源6

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

今回のシリーズは、「仏式葬儀の起源」

現在、日本の葬儀の9割以上が仏式であるといわれるが、仏式葬儀の形式のルーツはどこにあるのでしょうか。日本で現在行われている仏教葬儀で見られる慣習のルーツは、釈尊の涅槃直前の様子や釈尊の葬儀などを起源としているものといわれるので、それを見ていくことにします。釈尊は長い伝道生活のあと、老年を迎えて身体の衰えを隠せなくなった。自分の死期を感じ、南方のマガダ国から数百人の弟子を連れて北方に向かって最後の旅に出ました。旅を続けて約半年後に、釈尊はクシナガラで死を迎えました。時に80歳でした。

末期の水の由来

家族や親戚の人が、臨終をむかえた人に末期の水をささげる習慣が現在にも残されている。筆先に水をつけて唇を湿らせたり、新しい綿に水をしめらせて唇をぬらしたりする。この末期の水をささげる行為は、釈尊の臨終に阿難尊者が水を差し上げたことにもとづいている。

釈尊は旅の途中、食事にあたって苦しんでいた。彼が滞在していたパーヴァーという町は、小部落のために医者もいない。そこで長い道のりではあるが、医者のいるクシナガラまで帰ることになった。その途中、小さな川の辺で休憩を取られた。

釈尊は喉が渇いて仕方がないので、同行の弟子の阿難に川の水を汲んで飲ませてほしいと頼んだ。しかし近くの川は水が濁っていたので、遠くの川に汲みに行くことを提案した。しかし釈尊は近くの川で汲むことを願った。釈尊にしたがってもう一度出かけでみると、すでに川はきれいになっていた。そこで阿難尊者は器になみなみと水を汲んで、釈尊に差し上げた。釈尊はおいしいと言って水を飲んだ。この水が釈尊の最後の飲物であった。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

木, 12月 8 2011 » 仏式葬儀の起源

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