家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

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12月12日 仏式葬儀の起源8

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

今回のシリーズは、「仏式葬儀の起源」

現在、日本の葬儀の9割以上が仏式であるといわれるが、仏式葬儀の形式のルーツはどこにあるのでしょうか。日本で現在行われている仏教葬儀で見られる慣習のルーツは、釈尊の涅槃直前の様子や釈尊の葬儀などを起源としているものといわれるので、それを見ていくことにします。釈尊は長い伝道生活のあと、老年を迎えて身体の衰えを隠せなくなった。自分の死期を感じ、南方のマガダ国から数百人の弟子を連れて北方に向かって最後の旅に出ました。旅を続けて約半年後に、釈尊はクシナガラで死を迎えました。時に80歳でした。

頭北面西の由来

人が亡くなると、改めて布団の位置を変えて敷き直す。特に頭を北向きにして寝かせるという慣習がある。これは釈尊が入滅したとき、頭を北に向けて休まれたということに基づいている。

バツダイ河は北に水源があり、南に向かって流れている。この河の東側にある沙羅双樹の林のなかで、釈尊は頭を北、足を南、右脇を下、顔を西に向けて休まれた。これを頭北面西といい、右脇を下にする寝方を獅子臥の法と言っている。

臨終の知らせと涅槃

阿難はクシナガラの町に行き、集会場で釈尊の死の近いことを告げた。町の人々はこれを聞くと、大勢の人々が最後の説教を聞きに釈尊のもとに集まった。釈尊の死を涅槃に入るという。涅槃の境地は覚者だけが到達できる境地であるので、凡人が亡くなっても涅槃に入ったとはいわない。釈尊がもうじき涅槃に入るという知らせを聞いて、土地に住む120歳の学者のスバドラも釈尊の教えを聞き、弟子になりたいと願った。

釈尊は最後の教えを説くと、静かに涅槃に入った。阿難が釈尊の涅槃を人々に伝えると、大地が震え、天の太鼓が鳴り、そして花が降り注いだ。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

月, 12月 12 2011 » 仏式葬儀の起源

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