家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

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12月19日 仏式葬儀の起源13

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

今回のシリーズは、「仏式葬儀の起源」

現在、日本の葬儀の9割以上が仏式であるといわれるが、仏式葬儀の形式のルーツはどこにあるのでしょうか。日本で現在行われている仏教葬儀で見られる慣習のルーツは、釈尊の涅槃直前の様子や釈尊の葬儀などを起源としているものといわれるので、それを見ていくことにします。釈尊は長い伝道生活のあと、老年を迎えて身体の衰えを隠せなくなった。自分の死期を感じ、南方のマガダ国から数百人の弟子を連れて北方に向かって最後の旅に出ました。旅を続けて約半年後に、釈尊はクシナガラで死を迎えました。時に80歳でした。

釈尊の火葬

マツラ族は阿難に遺体の処理の仕方を尋ねた。そこで阿難は、釈尊から聞いた方法を彼等に告げた。

そこでマツラ族の人々は、釈尊の遺体を新しい布で包んだ。次にほぐした綿で包んだ。次に新しい布で包んだ。このように500重に釈尊の遺体を包んで、鉄の油桶に納めた。宝冠寺の中庭に香木を積み、そこに釈尊を納めた桶を乗せ、転輪王と同じように鉄の缶でふたをした。そして香油をそそぎ、マツラ族の4人の族長が薪に火をつけようとしたが点火しなかった。それは、釈尊の弟子の迦葉尊者の到着を待っておられたからである。

そのとき迦葉尊者は火葬場に到着した。彼は左肩だけにかけ直して、合掌して薪の回りを3回右にまわり、釈尊の足元に礼拝した。このとき棺に入っていた釈尊の足が姿をあらわしたという。このように迦葉と修行僧が礼拝したとき、火葬の薪は自然と炎をあげて燃え上がり、棺のなかの遺体を焼き上げた。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

月, 12月 19 2011 » 仏式葬儀の起源

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