家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

葬儀や死の専門情報を通じて、そこに向かいより良い人生を歩めるように、少しでもお役に立てれば幸いです。

12月28日 日本人の死生観3

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

今回のシリーズは、「日本人の死生観」

日本には昔から伝統として死生観という大袈裟なものではないとしても、それに類するものが、寺院、寺小屋などで教えられたものと思います。死の問題は、いかに生きていくかという問題と大きな関係がありますが、今回は新年にあたり、日本人の死生観を大急ぎで見ていきたいと思います。

はじめに宗教者の立場からの死生観を、次に歌人や儒教・国学者の考えを、最後に現代に生きる人たちの死生観を見ていきたいと思います。

◆道元 (1200~1253)–曹洞宗開祖

「この生死は即ち仏の御命なり。これをいとい捨てんとすれば、即ち仏の御命を失わんとするなり。これにとどまりて、生死に着ずれば、これも仏の御命を失うなり。仏のありさまをとどむるなり」

『正法眼蔵』(生死)

◆一遍 (1239~1289)–時宗の開祖

六道輪廻の間には

ともなふ人もなかりけり

独りうまれて独り死す

生死の道こそかなしけれ

『百利口語』

◆宗峰妙超 (1281~1337)–臨済宗の僧

「仏祖を截断し 吹毛常に磨く機輪転ずる処 虚空牙を咬む」(仏祖さえも否定超克して吹毛の剣にも比せられる性根玉をいつも磨いてきたその心の機は虚空が牙を咬むとも言える、空が空を行じる心境と言えよう)

『遺偈』

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

水, 12月 28 2011 » 日本人の死生観

コメントをどうぞ