家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

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4月30日金曜日 第4代サンドウィッチ伯ジョン・モンタギュー

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

 

本日のテーマは、「今日のご冥福」。

歴史上の人物で本日のご命日の方を偲び功績をご紹介します。


 

4代サンドウィッチ伯ジョン・モンタギューJohn Montagu, 4th Earl of Sandwich1718113 – 1792430日)

 

18世紀のイギリス海軍大臣である第4代サンドウィッチ伯ジョン・モンタギューは、クック船長の太平洋探検航海の支持者の一人で、サンドイッチの発明者とも言われています。


 

略歴は、カレッジを卒業後、まずは諸国を遊学しました。帰国後、海軍本部委員会委員に就任し、陸軍大佐、全権大使、海軍大臣を経て、17538月に国務大臣となりましたが、在任中にウィルクス事件が勃発しました。

ウィルクス事件とは、1763年、煽動政治家のジョン・ウィルクスが、「ザ・ノース・ブリトン紙」で国王や閣僚のスキャンダルを暴露しましたことにより、国王が憤慨し、名誉毀損などの罪でウィルクスを投獄しました。これに憤激した民衆はウィルクスの釈放を求めて大暴動を起こしました。騒動後に劇場で上演された、作品でサンドウィッチ伯爵は一連の行動を皮肉られ、長らく悪印象を持たれることになってしまいました。

その後も郵政公社総裁、国務大臣、再度海軍大臣を務めました。


 

また伯爵は、クック船長の太平洋探検の有力な支持者でもあり、探検にあたり海軍本部の予算が充てられました。1778年にクック船長が発見したハワイ諸島を「サンドウィッチ諸島」と命名しました。サウスサンドウィッチ諸島と、アラスカのモンタギュー島にも、伯爵の名前が残っています。

 


しかし、私生活では妻が病気で発狂してしまったり、愛人を射殺されるなど不幸が続き、1792430日、失意の中73歳でこの世を去りました。

 

次回のテーマは、最期の言葉です。


家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

金, 4月 30 2010 » 今日のご冥福

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