家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

葬儀や死の専門情報を通じて、そこに向かいより良い人生を歩めるように、少しでもお役に立てれば幸いです。

1月22日 どうぞ、やさしい娘をもって

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

今回のシリーズは、「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」です。今は亡きあの人へ伝えたい言葉プロジェクトは人と人の温かいつながりや、人の優しい心を多くの人に伝えていこうとの思いからスタートしました。全国から寄せられたたくさんのお手紙の中から、毎日1話ずつご紹介していきます。

どうぞ、やさしい娘をもって

お母さん、あなたはハル子という名前でした。肺ガンとわかって入院し、看護婦さんに石田さんと呼ばれて、ハル子よと言っていましたね。多分お母さんは旧姓の幼友だちからハル子さんと呼ばれていた時代に戻っていたのだと思います。だから私も、弟とあなたのことを話題にするときはハル子さんと言っています。

ハル子さんと私とは必ずしもしっくりいっていたとは言えません。あなたは私を『よそへ行く人』、弟を『跡取り』と口にすることが多かった。私はいつもそれを理不尽に感じていました。ハル子さんは大正生まれだし、男尊女卑の気風が強い九州の片田舎という土地柄を思えば仕方のないことで、まあだいたい、どこの母親もそうだったのでしょう。しかし、学校で男女平等だと教わっていた私には納得しがたかったのです。で、なるべく早く家を、九州は出て行こうと決心しました。そうしてそれを、家から遥かに離れた大学への進学という形で実現させたのでした。
合格通知が届いて以来、遠いところで自由に羽ばたけると私はウキウキしていましたが、『遠くに行くと、やっぱり親子の縁は薄うなるもんね』と、荷造りを手伝ってくれながらハル子さんがつぶやいたのをよく覚えています。

お父さんが結核で入院したせいもあって、うちはかなり貧乏でしたね。でもハル子さんは頑張り屋で、決して借金はせず、自分の事は後回しにして、子どもたちには人並みの事をしてくれました。奨学金とアルバイトでしのぎ、家から仕送りをしてもらわなかったとはいえ、私を4年制大学へ行かせてくれたのですから、人並み以上のことをさせてもらったわけです。それでも晩年、『もっといい家に生まれたら、あなたの苦労も少なかったろうに。ごめんごめん』と言っていましたね。

ハル子さんが入院する前年、いとこが事故死した処理に上京して倒れてしまったので、とにかくハル子さんの葬式までは倒れられないと、入院中ずっと思っていました。そのため全力を尽くして看護することができず、私の方こそごめんなさいと言わなくてはなりません。今も本当に心残りです。

ハル子さんは生まれ変わりを信じていましたが、旅立って七年、もう生まれ変わったのかしら?ハル子さんこそ今度はうちより裕福な家に生まれて、どうぞ私のようなきつくない優しい娘を待ってください。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

火, 1月 22 2013 » 「今は亡きあの人に伝えたい言葉」より

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