家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

葬儀や死の専門情報を通じて、そこに向かいより良い人生を歩めるように、少しでもお役に立てれば幸いです。

1月16日 いつか逢えたら

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。
今回のシリーズは、「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」です。
今は亡きあの人へ伝えたい言葉プロジェクトは人と人の温かいつながりや、人の優しい心を多くの人に伝えていこうとの思いからスタートしました。全国から寄せられたたくさんのお手紙の中から、毎日1話ずつご紹介していきます。

いつか逢えたら

春になると、母と一緒に駒込の六義園や、古川庭園に花を見に行くのが楽しみでした。

仲良しだった母は、晩年、脳梗塞から認知症になり、母の人格は徐々に変わっていきました。仕事や家事と母の介護は、更年期を迎えた私の心や身体にはとても重荷でした。
母には、いつも怒ってばかりいる娘の姿は鬼のように見えたと思います。いつの頃からか、母は、何かにつけても『すんません』と口癖のように言い始めました。私は、その言葉を聞くのが嫌で、母に、『すんません』と言うかわりに、『ありがとう』と言って、と言いました。それからは、母は何をしても『ありがとう』というようになり、私は、もっと辛くなりました。
認知症の症状が進んだある日、母の部屋へ行くと母が、近所の誰かから貰ったらしい、あんこの団子にソースをかけては、美味しそうに食べていました。思わず、『美味しい?』と聞くと、『うん』と頷いていてたようでした。2人で迷路をさまよう日々が続きました。いつ終わるのかわからない母の介護に私の心は疲れきってしまいました。やがて母は、脳梗塞の再発であっけなく死んでしまいました。姉や兄たちの反対を押し切って最後まで自宅で介護をした方がよかったのではなかったのか、と介護施設に入居させたことを悔やみました。どちらの選択が母のために良かったのか今も答えが出ません。

母が逝って7年が過ぎました。母が植えた梅の木は、小さな実をつけて木漏れ日の中でゆらゆらと揺れています。
少し大人になった私は、今度母に逢えたら、優しい娘じゃなくごめんなさい。そして、もう、ありがとうはいらないからね、と言うつもりでいます。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

水, 1月 16 2013 » 「今は亡きあの人に伝えたい言葉」より

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