家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

葬儀や死の専門情報を通じて、そこに向かいより良い人生を歩めるように、少しでもお役に立てれば幸いです。

1月10日 母の歳に近づいて

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

今回のシリーズは、「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」です。
今は亡きあの人へ伝えたい言葉プロジェクトは人と人の温かいつながりや、人の優しい心を多くの人に伝えていこうとの思いからスタートしました。全国から寄せられたたくさんのお手紙の中から、毎日1話ずつご紹介していきます。

母の歳に近づいて

お母さんが亡くなって今年で早20年になりますね。
胸腺腫ガンと診断されたとき、直腸ガンにより53歳の若さで亡くなったお父さんを思い出し、お母さんまでが『がん』なんてと大変ショックで涙が止まりませんでした。でも、私より悲しくて、苦しくて、悔しくて、そして辛い思いを受けたのは、『お母さん』あなた自身でしたよね。
長時間の手術を受けがんを切除したけれども切り取れないものもあったと知らされた時、私は悔しくてやりきれない気持ちで一杯でした。そして、がんの恐ろしさを思い知らされました。手術後も放射線治療、抗がん剤等を受け大変でした。末期の頃、お母さんは頻繁に痛みを訴えていました。でも私が泣き虫なのを知っていたからなのか、私の前では一度も涙を見せたことがなかったですよね。辛かったでしょうに。
その後、再発、再入院。とうとうお母さんは59歳の若さで帰らぬ人になってしまいましたね。もっと、もっと、長生きしてほしかったです。

母は13歳の時、家を出て洋裁店に住み込みで働きながら、洋裁を習いました。結婚後も家で洋服を仕立てる仕事をしながら、私達3人の子供を育ててくれました。
生地を裁断し仮縫い、本縫い、1枚の布から完成された洋服を見ると『すてき、すごいなあ』といつも思いました。
母は手先の器用な人でした。私は、不器用だったので母のようにはできないと考え、仕事も事務職に就きました。そんな私を母はどのように思ってたのでしょうか。残念ながら聞くことなく年月が過ぎ去ってしまいました。

私も26歳の時結婚し、2人の子供にも恵まれ、長女が去年の末、私と同じ26歳で入籍しました。今年の9月に結婚式を行う予定です。娘を嫁がせた母の気持ちを、私もこれから少しずつ経験していくのでしょう。
私は平成22年8月に多発性硬化症という難病になり現在戦っています。両足が動かせず車椅子とベットでの生活になってしまいました。主婦だった私の代わりに、今は主人が主婦となって私の身の回りの世話や炊事、洗濯等をやってくれています。大変ありがたく感謝しきれません。
もし、お母さんが元気で生きていたら孫の結婚した喜びや、私の病気を心配して色々とやってくれた事でしょう。『何しろ世話好きでしたものね』

強くて優しかったお母さん。私はこれからも頑張って生きていきますから、天国から見守ってくださいね。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました

木, 1月 10 2013 » 「今は亡きあの人に伝えたい言葉」より

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