家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

葬儀や死の専門情報を通じて、そこに向かいより良い人生を歩めるように、少しでもお役に立てれば幸いです。

1月9日 生き別れた亡き母へ

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

今回のシリーズは、「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」です。
今は亡きあの人へ伝えたい言葉プロジェクトは人と人の温かいつながりや、人の優しい心を多くの人に伝えていこうとの思いからスタートしました。全国から寄せられたたくさんのお手紙の中から、毎日1話ずつご紹介していきます。

生き別れた亡き母へ

お母さん、『私はあなたの温もりを知りません』というのも、私が物心つく前にお母さんは離婚して、私は父に引き取られたからです。間もなく父は再婚して妹も生まれました。

そんな私の幼い頃、お母さんは私に会いに来たそうですね。でも、父に追い返されて会えずに帰ったと聞きました。また、父の実家近くでいとこも私と間違えてのゆびながら駆け寄ったと聞いています。
その頃、私は継母に嫌われて虐待され、短気で暴力的な父には、些細なことで幾度となく暴力を振るわれました。そして、成長するに従い実の母に会いたい思いが募り、父には怖くて言い出せず祖母や伯母等に居所を尋ねたのですが、父を恐れてか口を閉ざして誰も教えてはくれませんでした。
それからも、一言では言えない位の困難もありましたが、優しい妻と2人の子供にも恵まれ、やっと幸せな家庭を持つことができました。そんな時でも、お母さんのことはいつも頭の隅から離れず忘れることはなかったのですが、探す手立てもなくダラダラと年月だけが過ぎ、気がつけば還暦をとうに過ぎていました。

ところが昨年、従兄弟が、『私の実の母の実家を知っている』と言ったのです。私は突然の事で驚きましたが、父も高齢で病弱な為、もう知らせても差し支えないと思ったのでしょう。私は『何としても会いたい』と思い、生きていればかなり高齢の筈なので、『急がなくては』と焦るる気持ちを抑えきれずにお母さんの実家を訪ねました。すると3年前に84歳で亡くなったと知らされ、がっかりして『あと少し早ければ』と今迄の自分の怠慢を悔やみました。
それでも、生まれてから一度も顔を見たことのない母の『せめて写真の1枚でも』とお願いしました。暫くしてお母さんが再婚して生まれた娘、つまり異父の妹から1枚の写真が送られて来ました。初めて見るお母さんは年老いて、想像していた顔とは違いましたが、感激で自然に涙があふれ出てきました。

お母さんとは、生前お互いに会える機会を逸してしまった事は本当に残念でなりません。けれども、60数年ぶりに同腹の妹がいたことが分かり幸せな気持ちです。その妹とも連絡を取り合う様になりましたので、『機が熟せば』お母さんの墓前に行き、『大分遅くなってしまったけど、やっと会いに来ました』と、そっと手を合わせ花を手向けたいと思っています。
お母さん、どうかその日が来るまで待っていてください。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

水, 1月 9 2013 » 「今は亡きあの人に伝えたい言葉」より

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