家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

葬儀や死の専門情報を通じて、そこに向かいより良い人生を歩めるように、少しでもお役に立てれば幸いです。

2月8日 ありがとうお父さん

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

今回のシリーズは、「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」です。今は亡きあの人へ伝えたい言葉プロジェクトは人と人の温かいつながりや、人の優しい心を多くの人に伝えていこうとの思いからスタートしました。全国から寄せられたたくさんのお手紙の中から、毎日1話ずつご紹介していきます。

ありがとうお父さん

僕が小学校3年生の頃でした。朝起きて具合が悪いと言ったら、休みなさいと母がいました。
僕よりいつも遅く出かける父は、会社に行ってすでにいませんでした。うまくいったとぼくは思いました。
普段なら熱を測られて、平熱だから学校に行きなさい、と父に言われるところでした。
実際はどこも悪くないので明日は行かなくてはならないだろうと思っていました。夕食の後で体の具合を母に聞かれました。
『まだ何となく熱っぽい』といって、自分の額をさわりました。それなら明日も休みなさいと、母がいいました。そして翌日も、その翌日み夕食を終えると、どうなのと、母は聞いてくるだけで、僕の言い訳を聞くと、治っていないなら休みなさいと、母はいいました。
夕食の後で母は確認をしてきます。ひと月以上も休み続けていましたが、母から学校へ行きなさいという指示はありません。母の口からその言葉は出ないことに僕は気づきました。
ある夕食の時に、明日は学校に行く、と自分から言い出しました。母は少し考えてから、それなら行きなさい、と答えました。

数十年が過ぎて、父の通夜の日に母がうつむきながら遺品を片付けていました。
『あなたが毎朝、小学校に行きたがらなくてね』と立っている僕に母は語りだしました。
『今朝はどこが痛いというのかなと言ってお父さんはあなたを起こすのよ。あまり学校に行くを嫌がるから、あなたを休ませなさいとお父さんが私に言ったのよ』
僕の夏休みに父が関わっていたことをその時初めて知りました。そういえばいつもは僕より遅く出かける父が、長い休みの間は僕が起きたときにはいつもいませんでした。
『自分から行きたいと言うまではいかせないようにと私にいったわ。必ず行きたいというようになるからそれまでは待て、とね』
普段は僕に小学校に行くようにいっておきながら、父は内心僕のことを心配してくれていたのでした。

父が寝ている部屋に僕は一人できました。白い布を外し、冷たくなった父の額をなでると、涙が溢れてきました。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

金, 2月 8 2013 » 「今は亡きあの人に伝えたい言葉」より

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