家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

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7月23日金曜日 光明皇后

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

 

本日のテーマは、「今日のご冥福」。

歴史上の人物で本日のご命日の方を偲び功績をご紹介します。

 

光明皇后(こうみょうこうごう、701 – 760727日)

 

藤原不比等の娘であり、聖武天皇の皇后である光明皇后。聖武天皇の母である藤原宮子も藤原不比等の娘であり異母姉という関係です。光明皇后というのは通称で、正式な尊号は天平応真仁正皇太后(てんぴょうおうしんにんしょうこうたいごう)となります。

 


718
年、聖武天皇との間に、阿倍内親王(のちの孝謙天皇)を出産し、724年(神亀元年)夫である聖武天皇の即位とともに夫人号を得ます。727年(神亀4年)基王(もといおう)を生みましたが、皇太子に立てられた基王が夭折したため後継争いで長屋王の変が起こりました。長屋王の変の後、729年(天平元年)皇后にするとの詔が発せられ、史上はじめて人臣から立后されました。これ以降、藤原氏の子女が皇后になる先例ともなりました。そして皇后として、阿倍内親王の立太子や孝謙天皇としての即位させ、甥の藤原仲麻呂を長官に任じてさまざまな施策を行いました。

 


また、光明皇后は仏教に篤く帰依し、東大寺、国分寺の設立を聖武天皇に進言したとも言われています。また貧しい人に施しをするための施設「悲田院」や医療施設である「施薬院」を設置して慈善を行いました。聖武天皇の愛品などを東大寺に寄進し、その宝物を収めるための正倉院をつくり、他にも興福寺や法華寺など数多くの寺院の創建に関りました。

 


そして、聖武天皇の没後から4年、760年(天平宝字4年)727日、この世を去りました。

 

 

次回のテーマは、最期の言葉です。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

 

 

金, 7月 23 2010 » 今日のご冥福

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