家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

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8月6日 ウィリアム・ケムラー

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

 

今回のテーマは、「今日のご冥福」。

本日が命日の歴史上の人物をご紹介します。

 

ウィリアム・ケムラー(186059 – 189086日)

 

ケムラーは、電気椅子で死刑になった最初の人物です。

1889329日に内縁の妻ティリー・ジーグラーを手斧で殺害した罪で死刑を宣告されます。ケムラーの弁護団は電気椅子は残酷な刑罰だと抗議しましたが認められませんでした。

その背景には、かの有名な発明家トーマス・エジソンが深く絡んでいたと言われます。

当時、電流の標準規格として交流電流を推すウェスティングハウスと直流電流を推すエジソンとの間で、電流規格の覇権争いが行われていました。直流電流を推すエジソンは、交流電流が危険であることを国民に刷り込むため、電気椅子による死刑を通じて広めたいという意図があり、政府の立場を強く支持したと言われています。

 


1890
86日の処刑当日の早朝5時、ケムラーは起こされ、白いシャツとネクタイ、スーツを着用させられました。朝食を摂り、お祈りをすませた後、髪を剃られ、処刑室に入りました。17人の立会人のもと、ケムラーは椅子に固定されます。このとき取り乱すことも抵抗することもなく、こう言葉を遺します。

「皆さんの幸運を祈ります。私は良い場所を得るだろうと確信しています。準備は出来ています」

電気導線を通された後、椅子に縛られ、顔を覆われ、頭に金属の拘束具を取り付けられます。

「私は急いでいませんから、ゆっくりきちんとして下さい」と話しかけますが、ダーストン刑務所長は「さよなら、ウィリアム」と答え、電気椅子のスイッチを入れるよう命令します。

1,000ボルトに充電された発電機のスイッチが入り電流を流されました。肉の焦げる臭いが充満し、吐き気をもよおした人は次々と部屋から出て行きました。17秒後、電流が切られ、ケムラーの死が宣言されました。

しかし、実際にはケムラーにはまだ息がありました。それに気付いた主治医のスピツカ博士はあわてて電流を戻すように叫びました。再び電流が流されたケムラーは2,000ボルトの衝撃を受け、血管が破裂し出血し、ついにはケムラーの体は燃えだしました。残酷で恐ろしい光景の中、処刑が完全に終わるまで8分を要しました。

 


立会人の記者も「恐ろしい光景で、絞首刑よりはるかに残酷だ」とのこしています。

 

次回のテーマは、最期の言葉です。


家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

金, 8月 6 2010 » 今日のご冥福

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