家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

葬儀や死の専門情報を通じて、そこに向かいより良い人生を歩めるように、少しでもお役に立てれば幸いです。

6月1日 尊厳死を学ぶ1

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

今回のシリーズは、「尊厳死を学ぶ」

現代は高齢化社会に伴って様々な問題が身近な話題としてクローズアップされてきています。ガンの告知、脳死、そして尊厳死の問題。これらはどれも新聞に載ったニュースから、

自分の身の回りの避けて通れない問題になりつつあります。

今回のテーマ「尊厳死」は、医学、宗教、倫理、法律などの立場からばかりではなく、

実際に経済及び、心身的問題を抱えている人たちの立場からも、総合的に取り扱わなければならない問題です。今回のしきたりアカデミーでは、今日の「尊厳死」の問題を、

どのように理解していったらよいか、そのアウトラインを見ていきたいと思います。

●非人格生命の増加

医学はヒポクラテス以来、尊重と延命を至上命令としてきました。しかし社会福祉制度の充実と医学の進歩にともない、恍惚老人や意識のない植物人間として、生存を強いられる結果ともなっています。人は長生きはしたいと思うが、恍惚老人として、あるいは植物人間として生きていたいと思わない。ここに「尊厳死」にたいする考えの土壌があります。

●2種類ある安楽死

安楽死とはギリシャ語のエウタナーシャの訳で、「良い死」という意味です。古代ギリシャ・ローマの考えでは、人は理性的な存在であり、無意味と思われる生にたいしては、自殺によって命を絶ったり、他人がそれを助けたりすることは珍しいことではなかったといいます。しかしキリスト教の影響が強くなってくると、自殺などによる人為的な生命短縮は厳しく戒められるようになってまいりました。生命の回復の見込みのない患者を看取る家族にとって、耐え難い苦しみにさいなまれて苦痛を訴える家族の顔を見ることは、しのびないものがあります。まだ治る見込みのある痛みは仕方がありません。しかし治る見込のない者にとって、その痛みは一体どんな意味があるのか、どんな人も疑問をもつと思います。こうした痛み、苦しみを和らげる意味での安楽死を厭苦死的安楽死とよんでいます。

また安楽死には積極的なものと、消極的なものがあります。消極的安楽死の場合、医学の力によって場合によっては1日、1週間と命を伸ばすことができるが、それをしても患者が苦しむだけであることなどの理由から、死への進行を留めたり、遅らせたりする処置をしないことを消極的安楽死と呼ぶことができます。この例としてホスピスがあげられます。ホスピスでは、末期患者の精神的および肉体的苦痛を取り除くことに努力をかたむけますが、あえて生命の延長に心掛けません。

これにたいし積極的安楽死というものは、生命を維持する努力をするのではなく、苦しみを和らげるために多量のモルヒネを射って、積極的に死に至らせる行為を指します。また心臓のマッサージや、人工心肺、電気ショック、薬によって死者を生き返らせることが出来る時代に「死」は何を意味するのかと問いかける人もいます。手術中は心臓や呼吸の停止した場合にも、手術の熟練者はそれを生き返らせることができます。したがって心臓や呼吸の停止以上に信頼性の高い死の判定基準として「脳死」がクローズアップされてきたのも、理由があることなのです。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

金, 6月 3 2011 » 尊厳死を学ぶ

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