家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

葬儀や死の専門情報を通じて、そこに向かいより良い人生を歩めるように、少しでもお役に立てれば幸いです。

6月2日 尊厳死を学ぶ2

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

今回のシリーズは、「尊厳死を学ぶ」

現代は高齢化社会に伴って様々な問題が身近な話題としてクローズアップされてきています。ガンの告知、脳死、そして尊厳死の問題。これらはどれも新聞に載ったニュースから、

自分の身の回りの避けて通れない問題になりつつあります。

今回のテーマ「尊厳死」は、医学、宗教、倫理、法律などの立場からばかりではなく、

実際に経済及び、心身的問題を抱えている人たちの立場からも、総合的に取り扱わなければならない問題です。今回のしきたりアカデミーでは、今日の「尊厳死」の問題を、

どのように理解していったらよいか、そのアウトラインを見ていきたいと思います。

●カレン裁判

1975年9月、アメリカのニユージャージー州で、治る見込のない脳損傷を受けた22才の女性の父親が、娘の生命維持装置を取るように請願しました。翌年3月の最高裁判所の判決で法廷は次のように述べました。

「いかなる州の力をもってしても、知覚及び識別能力のある人生に戻る現実的可能性を持たない。耐え難い、しかも数カ月にも及ぶ植物状態を耐えることをカレン嬢に強いることはできない」として条件付きでその主張を認めました。判決理由のなかでヒューズ裁判長は、人命尊重の大原則よりも、個人のプライバシー尊重と死を選ぶ権利の方が優先されるべきだと述べ、生死の選択は、法律的後見人の父親が医師と相談のうえで、本人に代って判断することができると述べました。

安楽死を肯定する5つの条件刑法の立場から出されている安楽死の基準があります。それは先ず第1に、患者の死期が迫ってきているということが上げられます。第2は肉体的に激しい痛みを訴えている。第3には本人が死を望んでいること。第4にはこの処置が医師の手によってなされること。第5には実施に当って、苦痛を与えないこと。この5つの要件のもとでの安楽死なら、正当防衛と同じように適法視されます。

安楽死が日本で問題になったのは昭和37年12月、名古屋高等裁判所での嘱託殺人裁判です。愛知県に住む当時24才の青年が、脳溢血で全身不随となって苦しむ父親を、毒入りの牛乳を飲ませて死なせた事件です。第一審の尊属殺人に対し第二審の判決はこの行為を安楽死とは認めなかったものの「現代の医学の知識と技術からみて不治の病に侵され、しかもその死が目前に迫っていること」などの条件が満たされれば、安楽死も認めうるとの判決でした。

●生き続ける心臓

死の判定の問題は、心臓などの臓器移植問題から、大きな問題として取り上げられるようになりました。心臓の拍動が止まっても、延命や蘇生術が進歩した現在では、それだけでは死を意味しません。従来の常識では心臓の死があってから脳の死がありました。しかし今日の医学ではこの問題が逆になり、脳の死があって心臓の死があることになります。

従って今日の死の判定は、脳死が一つの判断基準となっています。脳の死は段階的に起こり、まず皮膚に始まり、次いで中脳、そして脳幹です。細胞の死はそれに続き、器官や組織はやや長く生き続けます。臓器移植が可能なのは、この死の順番があるからですが、これが死がいつなのか、そしてどこで決定するのかという問題を生んでいるのです。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

金, 6月 3 2011 » 尊厳死を学ぶ

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