家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

葬儀や死の専門情報を通じて、そこに向かいより良い人生を歩めるように、少しでもお役に立てれば幸いです。

6月3日 尊厳死を学ぶ3

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

今回のシリーズは、「尊厳死を学ぶ」

現代は高齢化社会に伴って様々な問題が身近な話題としてクローズアップされてきています。ガンの告知、脳死、そして尊厳死の問題。これらはどれも新聞に載ったニュースから、

自分の身の回りの避けて通れない問題になりつつあります。

今回のテーマ「尊厳死」は、医学、宗教、倫理、法律などの立場からばかりではなく、

実際に経済及び、心身的問題を抱えている人たちの立場からも、総合的に取り扱わなければならない問題です。今回のしきたりアカデミーでは、今日の「尊厳死」の問題を、

どのように理解していったらよいか、そのアウトラインを見ていきたいと思います。

●安楽死の伝統

プラトンの『ハイドン』のなかに毒人参を飲み干す、ソクラテスの描写があります。古代ギリシャ・ローマの伝統では、死は自然の営みという考え方を見て取ることができます。エピクテトスは「部屋が煙たくても少しならばそこにいられるが、もっと煙が多くなれば、私は部屋から出ていく。ドアはいつも開いているのだから」と安楽死をほのめかせています。プリニウスは「神の贈物として一番良いと判断されるときに、人には死ぬ権利が持たれる」と肯定しているのにたいして、これに反対したのは医学の父であるヒッポクラテスとユダヤ、キリスト教の戒律でした。

ルネッサンス期になって、トマス・モアは『ユートピア』に「不治の病に悩んでいるものがあれば、その人の枕元に座って色々な話をしてやるなど、あらゆる親切を尽くしてその心を慰めてやる。しかしもしその病気が永久に不治であるばかりでなく、絶え間のない猛烈な苦しみを伴うものであれば、司祭と役人とは相談のうえ、この病人に向かって、これ以上生きていても人間としての義務が果せるわけではないし、いたずらに生き恥をさらすことは、他人に対して大きな負担を掛けるばかりではなく、自分自身にとっても苦痛に違いない、だからいっそのこと思い切ってこの苦しい病気と縁を切ったらどうかと勧める」

こうした非常に合理的な考え方を示しています。安楽死の是非をめぐる議論は、ヨーロッパでは1936年以来続いています。この年、イギリスの著名人グループが「任意安楽死協会」の第1回会合を開催、慈悲殺を合法化する法案が、上院に提出されました。この協会の支持者のなかにはジュリアン・ハックスレイ、H・G・ウエルズ、バーナード・ショウなどの有名人がいました。このときは35対14で否定されましたが、翌年イギリスの世論研究所が行った、末期患者に対する政府監督下における慈悲死について調査結果では、3分の2が安楽死の原則に支持したといいます。協会は1978年に入ると、実際的な助言と情報を、小さな本にまとめると公表した途端、79年までは、2千人だった会員数が、80年には2万人に増大しました。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

日, 6月 5 2011 » 尊厳死を学ぶ

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