家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

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11月15日 日本墳墓史10

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

今回のシリーズは、「日本墳墓史」

最近「自由葬」であるとか「個人墓」など、お墓が話題になることも増えてきましたが、長い歴史の中でどのように墓が移り変わってきたのか、日本墳墓史と題して、墓の歴史をたどってみます。

鎌倉時代(1185~1333)

鎌倉時代、鎌倉では武将・僧侶の埋葬方法に平地とやぐらの二つがあった。寺院等での平地埋葬では、五輪石塔の墓標を立て周囲に墓域を区別するための土居をめぐらしている。もう一つの形態は他地方では見られない「やぐら」である。町の三方を取り囲む山々の裾や山腹に、無数の岩穴を開き、中に五輪塔などが納め、岩壁に金箔で極楽浄土が描かれた。内部に壙穴がうがたれ、そこに火葬骨が納められた。

平安京の制度をとり人れながら、都市化を進めていた鎌倉幕府にとつて、平地の少ない鎌倉の周囲の山々に、特殊なやぐらがつくられたものと思われる。やぐらに葬られたのは、中世の鎌倉ぴとの一部で、一般庶民は、平安京の場谷と同じく周辺地の谷間の葬地に送られたり、あるいはその付近で火葬され、共同の納骨穴などに埋葬されたのであろう。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

火, 11月 15 2011 » 日本墳墓史

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