家族葬専門葬儀社オフィスシオン しきたりアカデミー

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11月16日 日本墳墓史11

「オフィスシオンFMしきたりアカデミー」では、家族葬専門葬儀社オフィスシオンが、しきたりや、葬にまつわる慣習やマナーをご紹介いたします。

今回のシリーズは、「日本墳墓史」

最近「自由葬」であるとか「個人墓」など、お墓が話題になることも増えてきましたが、長い歴史の中でどのように墓が移り変わってきたのか、日本墳墓史と題して、墓の歴史をたどってみます。

親鸞の分骨

1262年、浄土真宗の開祖親鸞が歿したが、その分骨について『親鸞上人絵詞伝』には、「その歯骨9粒と総骨を東山の大谷に納め石碑を立て、高田に墓を築き歯骨9粒を納める」とある。

鎌倉の南側の砂浜一帯からは、多くの人骨が埋葬され、骨に残された刀傷などから、元弘3年(1333)、鎌倉幕府滅亡の際の戦死者がまとめて葬られたものとさえた。しかしその後その付近からもかなりの数の人骨が発見され、幕府滅亡時だけではない、中世の墓地地帯であつたことが判明した。鎌倉の町を取り巻く境界はいずれも葬地・墓地が広がっていたのである。

家族葬専門葬儀社オフィスシオンがお送りいたしました。

水, 11月 16 2011 » 日本墳墓史

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